世界の基礎+α

世界の平和を実現するための方法を考えます

明日から本気出すを5年間毎日続けた自分がやる気を出すのに成功した方法【インターネットで何度もやる気の出し方を調べたのに何も変わらなかったそこのあなたにおすすめの記事】

この記事は書籍「世界の基礎」の一部です。

kanayamatetsuya.com

 

読者の中にも勉強をしなくてはならないのに勉強に取り組む気になれずに困っている者は多くいるはずである。今の世の中ではスマートフォンの普及の影響もあり、何かを学びたいと自ら思っている人間ですらそうすることができなくなっているのではないだろうか。かくいう私自身も勉強のやる気を維持できずに長い間苦しんでいた。しかし私は長い間の試行錯誤の末その問題の解決策を編み出すことに成功した。勉強に取り組みたいのに取り組めない人間は是非ともこれから私が紹介する方法を試してほしい。そうすれば直ちにその問題を改善することはできずともいずれは勉強に集中できるようになるだろう。

 


やる気を出す方法を考える

やる気を出そうとする際にもやはりその方法を考えることが大切である。気合でやる気を出すことはできない。私は気合で勉強に取り組もうとして中学校卒業後の5年近くを棒にふるった。自分の意志力により勉強に取り組むことは不可能である。やる気を出したいのならその方法を考える以外に手段はない。勉強に取り組めるようになるまでやる気を出す方法を考え続ければ、最終的には勉強に取り組めるようになる。私はかつて家に引きこもりずっとゲームをしていたのだが考えることによりその状態から脱することができた。考え続ければ必ず今よりも勉強に集中できるようになる。ただし、やる気を出す方法を考えることを言い訳にして勉強から逃げてしまわないように、その方法を考える時間には一日ごとに上限をつけたほうがいいかもしれない。

◇開発した手法の実行忘れ対策
定期的に自身が把握し体系的にまとめたやる気を出すための手法を確認することで、それらの手法を実行するべき時にそれを忘れずに実行できる可能性を高めることができる。また、どうしてもそれらを実行することを忘れるのであれば、そのときはせめて思い出せたときだけ実行するようにすると良いだろう。 


興味のあることを学ぶ&興味のないことを学ぶ方法

興味のあることを学ぶ

学校のテストのために行う勉強では、テストの点を上げるために「それ自体には興味のない知識」を学ぶことになる。それに対して自分が知りたいことを知るために行う勉強では、主に「それ自体に興味がある知識」を学ぶことになる。前者のような興味を感じない知識を学ぶ勉強は必要が無いならしないほうがいい。そのような勉強ばかりをしていると楽しくないし、勉強自体に負のイメージが付くことになりかねないからである。私はできる限り後者の勉強を行うことを推奨する。既に社会人である者はせっかく学校の勉強から解放されているのだから、試しに図書館にでも行って興味のあることを思う存分学んでみてはどうだろうか。それは人生のさらなる充実につながるだろう。

興味のないことを学ぶ方法

とはいえ、時にはどうしても自分にとって興味のない知識を学ばなくてはならないこともあるだろう。自分の目標のための勉強においてすら、自分にとって興味のない知識を身につけなくてはならないことがありうる。残念ながら完全に好きな勉強だけをするのでいけない。我々は必要だから行う勉強と好きだから行う勉強の両方をバランスを取りながら行うことを受け入れなくてはならない。

だが必要性からやむを得ず興味がない知識を学ぼうとする際も、実のところその興味がないという考えが思い込みであることがほとんどである。何かについて興味を無くす理由は、それを学ぶ際に自分の疑問を解決するための学習ではなく、本に書いてあることを理解するための学習となっているからである。自分の中にある疑問を事前に明らかにし、それを解決するために学べば大概の分野は楽しく学ぶことができる。

また、自分自身で考えることをベースとして学ぶことも大切である。書いてあることを理解するための勉強をする場合、それが理解できないときに苦しむことになる。しかし自分で考えることを基本とする勉強であれば自分の実力にあった領域から取り組むことができるので、アイデアが出せずに苦しむことはない。そしてアイデアが出せることは勉強を楽しめることにつながる。ただし後にも触れるが、時間をかけてもなかなか答えがわからない問題については無理に考え続けようとするとやる気がそがれる恐れがあるため、やむを得ない事情がある場合を除き時間をおいてから考えるようにした方が良い。

 

取り掛かり阻害要因排除

何かを学ぶ際にはまずそれを学ぼうという気持ちを削ぐ障壁を無くさなくてはならない。以下にはそのための方法をいくつか載せておく。


何をするのかを事前に明確にしておく

自身がするべきことが不明瞭だと迷いが生じ、迷いによる不快感や疲労感が勉強への意欲を削ぐことになる。従って自身が行うべき作業は事前に明らかにしておくことが大切である。また、それらの作業の内容は無理のない範囲でできるだけ具体的に定めるようにするべきである。何故ならば、そうしない場合、作業の内容に不明瞭な側面が残りやはり無用な迷いが生じることになるからである。

ちなみに私は、作業が一区切りつきそうなときや席を離れる直前のタイミングで、ノートのすぐ目に入る位置や脳内のメモに、次にするべき作業を具体的に記すようにしている。そうすれば作業が終わったときや席を立って戻ってきたときに、次の作業をやるのがおっくうにならずに済むからである。なおその時に記される作業の内容は達成が容易なものであることが望ましいが、大きな作業をしなくてはならない場合はそれをより小さく分割してそのうちの最初に取り組むべきものについて記すと良いだろう。

やることの難易度を下げる

やろうとすることの難易度が高すぎると作業に取り掛かれなくなる。厳しいノルマを課したり、自分のレベルに合わない本や教材を使ったりするのは、やる気を出すという視点で見るとやめたほうがいい。

勉強道具をすぐ手に取れる位置に置く

本やノートはすぐ手に取れる位置においておくべきである。もしカバンの奥深くにそれらがあるのであれば、作業に取り掛かる際の負担が増えることになり、その分洞察や学習を開始することは難しくなる。自由に物事を記すことができる小さな手帳とペンは常に持ち歩くようにした方がよいだろう。また、ノートPCなどを使って考察する者にとっては、体系立てられたフォルダの中にメモを入れるだけでなく、デスクトップ(パソコンのホーム画面)の片隅にでもとりあえず考察を開始できるようなメモを用意しておくのも良い手である。


とりあえずやる、ちょっとやる

勉強の内容が自身の興味のあるものであればいいが、ときにはそうでないものを学ばなくてはならないこともある。そしてそのような場合は大概勉強に取り掛かること自体が非常に難しくなるものである。しかしその問題は、まず小さな作業から開始するという心がけを持つことで軽減できる。勉強に取り掛かれない人はまず本やノートを机の上に置いたり開いたりする程度の小さな作業から開始すると良い。勉強をしようとする気持ちは勉強をする前に出るものではなく、勉強をやり始めることで出るものである。とりあえずそれに取り掛かることができれば、やる気は自然と湧いてくる。やる気の起きない作業に取り掛かるためには、まずその作業を細かく分割し、次に目先の作業のみに意識を向けるようにするべきである。

 


無理に過去のアイデアを確認しない

何かについて考えるとき、既に手にしているアイデアについて確認してからそれについて考えるようにするのが理想である。何故ならば、そうしなければ同じアイデアを何度も再生産することになるからである。ただし、常にそれをしなくてはならないと考えていると、その確認作業が苦痛であることから勉強を開始することが難しくなる恐れがある。従って、過去の情報は無理に確認しないようにし、普段は脳内の簡単に思い出せる情報のみを参考にして考察を開始するようにするべきである。同じ知識の再生産は、繰り返せばその知識の定着が確固たるものとなり、その結果自ずと先の探究へと進むことができるようになるため無意味ではない。


集中阻害要因排除

せっかく勉強に取り掛かれたのだとしても、勉強に集中し続けられるとは限らない。以下にはその問題への対処法をいくつかのせておく。


周囲から余計なものを排除すること

私は確かに長い間やる気を出す方法について考えていたのだが、たどり着いた答えは簡単なものだった。勉強に集中したければ周りから余計なものを排除したらいい。結局のところ一番効果的で強力な方法はこれである。理由をつけて周りに余計なものを置いていたのではダメだったのだ。

家では余計なものを排除するのは難しいので、勉強をするときは図書館や自習室を活用するべきである。図書館や自習室にいくと往復に時間がかかるので家で勉強をした方がより多くの時間が取れると考えるのはやめたほうがいい。かつての私はそう考えて家で勉強しようとした結果全く勉強できない日が長期に渡って続くことになったのである。図書館に通わずに勉強したいのなら図書館から帰宅した後の時間に実際に勉強できるようになってからにした方がいいだろう。

スマートフォンは近くにあるだけで集中力を削ぐという研究結果もある。図書館でスマホをいじってしまうのであればスマートフォンは家に置いていった方がいい。何かを調べる必要があるのなら、調べたい内容をメモにでも書いておいてあとから調べたらいい。多少不便でもスマートフォンを図書館にもっていくことにより勉強時間が大幅に削られるよりはいいだろう。


日本国内において現在図書館にある自習室が満席となっていることがある。特に休日や祝日は席数が多い図書館でも座る場所がなくなることがある。図書館の自習室の席が不足するような地域では、国がさらに自習室を用意をすることはできないのだろうか。多くの人間が自習室を使えるようにすることは国力の強化にもつながるはずである。私はPCを使いたいのでPCを用意してもらえるとありがたい。もしくは、学校や企業も空いている部屋があるなら生徒や従業員に自習室として提供するようにしたほうがよいだろう。私は最近有料の自習室を利用したことがあったが、それは毎月一万を超える費用がかかるので継続的な利用は学生の身では厳しい。

生活習慣改善

体調が良くない状態では勉強に集中することはできない。集中力を維持するためには生活習慣を整えなくてはならない。

・睡眠不足対策
睡眠欲がある状態では勉強に集中することはできない。勉強に集中したければ、普段から睡眠時間を整え、日中の睡眠欲を生じさせないよにすることが必要である。しかし、人によってはそれが難しかったり、生活習慣を整えているにも関わらず眠くなることもあるかもしれない。その場合は、そもそも眠くなったときに我慢せず寝ることも有効である。特に15分から30分程度の昼寝には健康にもいいと言われている。ただし、日中にあまり多くの時間寝ると、夜に眠れなくなったり健康を害したりする恐れがある点には注意が必要である。


・運動習慣
適度に運動をすることで集中力を高めることができる。具体的には散歩やジョギングをすると良いだろう。ただし適度というのがどの程度であるのかについては私は専門家でないため語ることはできない(※1)。それについては読者が自分自身で信頼できる情報源を確認して把握するようにしてほしい。


・エネルギー不足対策
私はかつて夕方ごろにどうにも集中力が切れる状態が続いていた。しかしそれは試しに朝食や昼食量の量を増やすことで解決した。私の集中力の低下の原因はエネルギー不足だったのである。私はそれ以来夕食の量を減らし昼食や朝食の量を増やし気味にするようにしている。ただし、食事の量を増やしすぎたり野菜の摂取を怠ったりすると血糖値の急激な上昇を招き、眠くなったり血管を傷めたりする点には注意が必要である。


余談:偉そうなことを言っているが私は現在睡眠時間を整えることが全くできておらず、おそらく長生きはしないだろう。

※1:私が調べた限りでは成人は毎日散歩を8000歩程度、ジョギングを一日20~30分程度のものを週に何日か行うのがよさそうである。ただしそれは理想であって私自身は実際には散歩を一日平均一万歩程度する以外には何もしていない。


考察や学習が行き詰ったときに無理をしないこと

あることについてある観点からの考察や学習が行き詰まったときは、やむを得ない事情がある場合を除き、無理してそれを継続せず、そのことについて別の観点から考えるか、別のことについて考えるように方向転換するべきである。無理してうまくいかないことを続けようとすれば、そのことによって苦痛が生じて集中力が損なわれる。そしてそうなれば、かえって得られる知識の量は減ることになる。


普段から依存性の高いものには近づかないようにする

依存性の高いゲームなどは娯楽を楽しむ時間であってもしないようにすることで、脳にそもそも勉強以外への欲を生じさせる思考回路が存在しない状態をつくることも、集中力を削がないためには効果的である。とはいえ、私自身はある程度は人生においてゲームを楽しむ時間もとる方針であるので、この方法を採用することには抑制的である。


極端な仕事量を目指さないこと

自身が持つ時間に仕事を限界まで敷き詰めることが最高の在り方だと思い込むべきではない。人は機械ではないので身体的な限界が存在するのであり、それを無理に超えようとすると逆に効率が落ちることになるだろう。

 

追い込み法

とはいえある程度であれば、自分を追い込むことにはメリットがある。それをすれば、怠けによる時間の浪費を抑えたり、自身の行動の内容をより効率的なものにしたりすることができる。


追い込みの方法の基礎

自身を追い込みたければ自身がするべき課題とその達成期限を設定し、その際に適度に課題の量を増やし期限を厳しいものにすると良い。ただし、その後は課題の開始時点から期限までの間に予備の時間を追加しその分期限を延長しておくべきである(※1)。そうしなければ、すぐに計画が崩れてそれを放棄することになり、定められた課題と期限による圧力が無効化されることになる。また、期限は中長期的な目標に対して設定することも有効であるが、それだけであると余裕のなさが実感できないため、短期的な目標を立ててそれに対して期限を設けることも大切である。

課題と期限を定めたとしても、それを達成しようとする気が起きなければ意味がない。その対策として、できることなら課題を期限内に達成できた場合に生じる利益と、それができなかった場合に生じる損失を大きくすることで、自身に期限内に課題を達成させるように圧力をかけるといいだろう。具体的にはその方法として以下のようなものが考えられる(※私はそれらを全部実行しているとは限らない)。ただし、ここで紹介されるような自身へ圧力をかける手段というのは常に都合よく存在するわけではなく、それがない場合は諦めて自身の意志力でどうにかしなくてはならない。

利益を大きくする方法
・課題を期限までに達成できた場合に自身に与えるご褒美を設定する。この方法はご褒美を課題達成前に我慢できずに消費してしまうような者には効果が薄い。しかしその場合でも、罪悪感なくそのご褒美を楽しめるようにしたいという意識を持つようにすれば、いくらかご褒美を我慢して課題に取り組むことを促進することができる。

・課題を期限までに達成したときに得られる利益を文章で明確にし、それを定期的に見直す。これは正確に言えば利益そのものを大きくするわけではないが、脳内で認知される課題に取り組むことの利益を大きくすることができるため、自身の行動を促進することができる。文章は読み直すたびに慣れて効果が薄まっていくが、それでも自身の行動の結果得られるものを簡単に想起できるようにする効果はいくらか発生させることができるだろう。


損失を大きくする方法
・期限までの課題の達成に失敗した場合にゲーム機等の自身にとって価値のある何かを捨てることにする(自身の懐が痛む程度に大きな額のお金を寄付するのもありかもしれない)。ただし、それらを捨てることを自力で行う場合には、捨てるものの価値が大きすぎると、結局捨てずにすませることが多くなるため、その価値は自力で捨てられる程度のものにとどめておくべきである。

・プライドの高い人間は周りに期限までの課題の達成を宣言する。そうすれば周りに失敗したと思われないようにするために必死に課題に取り組むことができる。

・課せられた課題を期限までに達成した後の計画を具体的に立てておく。そうすれば期限までに課題を達成できなかった場合に時間をかけて考えた計画が無駄になるという損失までついてくることになる。ただし、先の計画を細かく立てすぎると、相応に計画を立て直すときに無駄となる時間も大きくなるため、未来の計画を立てる際は定められる内容の詳細さをほどほどに収めなくてはならない。なお、期限より早く課題を終了できた場合に備えて、時間に余裕が生まれたとき用の課題を設定しておくと良いだろう。


※1:予備の時間は、予備として使える時間の総量のみを事前に定め、それをどのタイミングで使用するのかについては計画の実行中に考えるようにすることによっても用意できる。計画実行途中で予備の時間を取った場合には、その分残りの作業を後の時間帯にずらせばいい。


実行時の注意点

予備に最初から頼ろうとすればその存在の意味がなくなるため、計画の実行中は予備はなるべく使わないようにするべきだろう。また、常に定められた期限より早く課題を終わらせようと意識することで怠惰をより避けることができる。ただし、作業を予定より早く完了させようとする場合は、肉体や脳に無理な負荷をかけることによってではなく、不要な処理を削除したりより効率的な手順や手法を採用したりすることによってそれを行うべきである。


「適度な厳しさの見誤り」と「課題と期限の再設定」

課題にその達成の期限を適切に設定するためには、どの作業にどの程度の時間が必要なのかを把握することが必要であり、それは自身の経験やそれに基づいた推論によって予測できる。しかし経験が少ない場合や冷静な判断が難しい人の場合は各作業の所要時間の正確な予測が難しく、過度に厳しかったり緩かったりする期限を設けやすい。そして実際に適度な厳しさではない計画が立てられた場合は計画の立て直しが必要となることがある。だが、計画の修正が安易に行われすぎると追い込みの効果が簡単に撤廃され、計画に時間を取られることにもなる。従って、計画の立て直しは事前に定められたタイミングでのみ行うようにした方がよいだろう(ただし、目先のすぐに修正せざるを得ない計画については随時修正する)。

また、何らかの成果物を作成する課題に期限を設けた場合、その期限が厳しすぎると成果物の質の低下を招く恐れがある。成果物の質が重視される状況では、事前にそれが到達するべき水準を定めておき、計画通りに課題をこなすとその水準に到達しない成果物ができる場合には、やはり計画の立て直しをした方が良いだろう。

私は発達障害特性があるからか、適切な時間配分の設定が得意ではなく、自身が立てた計画のほとんどはやる気を維持できた場合においても非現実的なものであり自ずと破綻することになる。そしてそのような実情を考慮して理性によって適度に緩やかな期限を設定した場合、脳が勝手に余裕があると誤認して追い込みの効果は消失する。移譲のような場合はいっそのこと破綻前提で厳しすぎる計画を自分に常に課すのもありかもしれない。

 

過度な追い込みをするべきではない

追い込みを行う場合にも、追い込まない時間は作るべきである。常に余裕のない状態にあると余計なことを考えることができなくなり、そうなれば生まれてくるアイデアにも限りが生じることになる。また、休憩の時間は追い込まない時間とは同一のものではないため、それとは別で用意しなくてはならない。

私は追い込みを行うのはやるとしても一日の一部の時間のみに留め、残りの時間はある程度勉強の方針を定めつつも、基本的には自身のその時の気分に従いながら世界についての考察や学習をおこなうことにしている。

 

余談:大構想

世界を変革せしめるほどの大きな目標をたてて、それを達成するための方法を徹底的に考えてみた人は、多くのものを手にすることができる。例えば、十年以内に世界で一番多くの資産を持つ富豪となる方法について考えてみると、予想に反してその方法が判明するかもしれないし、そうでなくとも人生において有用な手法を数多く把握できるだろう。ただし、有用な情報を得たければ考えるのは非現実的性が適度である目標の達成方法にした方が良い。一秒で世界一の富豪となる方法を考えてみても得られるものは全くないかほとんどない。

また、非現実的に見える目標を達成する方法を考えるのは、実際の計画を立てる際の参考情報を手に入れたり自身による自身の能力の過小評価を解消したりする際に有効な手法であるが、本当に現実的でない目標を達成しようとするのは効率的であるとは限らない。


休憩について

休憩のためにゲームやネットサーフィン(インターネット上のコンテンツを明確な目標を持たず興味の赴くままに次から次へと見続けること)をしてはならない。それらの時間と休憩の時間は分けられるべきである。ゲームやネットサーフィンをすることは脳を休めることにはならないし、何よりも勉強に戻ることができなくなる。私は休憩の時間は主に散歩をしたり目を閉じて軽い瞑想をしている。

 

 

ゲーム化

追記(2024/6/9):以下の見解や方針には正直なところここまでの内容以上に自分の中で多くの疑念があります。あまり鵜呑みにしないでください。内容の修正は面倒なのでしません。

ゲームに熱中できる理由

ゲームはものにもよるが以下の特性を備えているために、時間を忘れて熱中することができる。

・複数の目標の存在と切り替えの自由さ
人は同じような作業のみを続けなくてはならない場合には、飽きによりそれに熱中することができなくなる。しかし、熱中できるゲームにはその内部で達成を目指すことができる目標が複数あり、更にどの目標の達成を目指すのかをその時の気分によって変えることが容認される。従って、そのようなゲームのプレイヤーは飽きによる中断なしで、それを続けることができる。なお、ゲームの飽きへの対策は、ゲームの進行度によってその内容に変化を生じさせることによっても行われる。


・「大目標の存在」と「中目標及び小目標の存在」
達成に多くの時間や労力を必要とするような大きな目標はそれを達成した際に得られる快楽も大きい。したがって、ゲームに大目標を存在させることは、長期にわたってそれに取り組む動機をプレイヤーに生じさせられるという点で有用である。しかし、人には目先のことはイメージしやすいが遠くのことはイメージしづらい性質があるため、大きな目標を達成しようとする人は、目先の確実に必要となる労力ばかりを意識し、ずっと先にやっと得られる目標達成の利益を無視しがちになる。そして、その結果その人は大きな目標への取り組みを、その達成によって得られる利益がその達成のために必要なコストを上回るものであっても、先延ばしにし続けることになる。

このような問題に対処したければ、中間目標や更にその達成を目指す過程の小目標を存在させることが大切である。そうすれば、利益の認知も容易化し、目標に取り組むことも容易くなる。そして、それらの目標を達成するうちに、いつのまにか大目標の達成が少ない労力で可能な状態になり、その達成による大きな精神的快楽をすぐに得ることができるようになるのである。


・低負荷作業の存在
頭を使わなくても行える作や達成できる目標があることも、熱中できるゲームを作る上では大切である。何故ならば、頭を常に使う必要があるゲームは脳が疲労した際に継続することが困難だからである。

・目標自体の魅力
人に何かに取り組ませたいのであれば、その人がそれに取り組んだ際に得られるものが、それを得る過程で割かなくてはならない時間や労力以上のものとならなくてはならない。そして、何らかの目標を達成することはそれだけでもその達成者に一定の快楽をもたらすことに繋がるが、それだけではその目標に十分な魅力が存在することにはならない。ゲームの目標は、その達成の際に得られるものに「ストーリーの続きを知れる」「ゲーム中の敵や他のプレイヤーに勝つことができる」「他者と一緒に何かを成し遂げることができる」等の利益も含まれるからこそ、人々のそれに取り組む意欲を誘発させられるのである(※1)。ただし、何が自身のリターンになるのかは人によって違うため、人によって好みのゲームに差が存在する。

※1:ゲーム中の小目標には大目標の達成を容易化するような要素、例えば自身のキャラクターを強化できる等の利益を伴わせると、それに魅力を持たせることができる。


補足:ゲーム制作を行う際には、まずは自身の感性によって大枠を作り、そのあとにそれを理論によって修正するという方法を使ったほうが良い。何故ならばいきなり理論をもとにそれを作ろうとすると、考慮するべきことが多すぎて重要なものを見失いがちになるからである。また、そもそも熱中できるという性質はゲームに必須のものではないため、以上の手段はゲームの制作の際に絶対に使わなくてはならないわけではない。

 

私の方針まとめ

以下では先ほどのゲームの依存性の原因に関する考察を含むここまでの内容を踏まえて、私が実際に真理の探究を行うにあたって採用することにしたやる気を出すための方針について紹介する。ただし、人によって生活習慣は違うので、これを真似したい人は必要に応じて自身の生活にあわせるための修正を行うべきである。

◇集中できる環境での方針
私は既にさんざん自宅で勉強しようとして失敗してきたので、図書館等の勉強に集中できる環境に滞在できる状況では常にそこに滞在する選択をするようにしている。それらの環境にいる時間は、自宅での学習の際よりも自分がするべきことをするという側面が強くなる。自身のアイデアのまとめ、問題解決及び目標の達成のための取り組み、より厳しい内容の追い込み法の適用等が行われるのはその時間である。ただし、そのように気力を必要とする作業をするのは、比較的集中力や処理力の高い状態になる一日のより早い時間帯の数時間程度に限られる。それ以外の時間は図書館等の環境にいる場合であっても次に示す自宅での方針に近い方針を採用する。なお、集中力の高い時間は昼寝や瞑想をすることで延長できる可能性がある。

◇自宅での方針
それに対して、自宅での学習を行わざるを得ない場合は、先述のゲームに熱中するのと同じような状態で学習を行えるように工夫を行っている。その工夫とは具体的に以下のとおりである
・複数の目標の設定
目標は複数にしておき、そのうちのどれを達成するのかについては気分によって変えてよいことにすれば、何にも手を付けられないような状態を避けやすくなる。ただし、作業を細かく切り替えすぎることは逆に集中力を削ぐ可能性があるため、何かに取り組み始めることに成功した後しばらくはそれへの取り組みを継続するようにした方がいいかもしれない。

・達成容易な目標の設定
自身が定める目標の内にはできるだけ自由発想や自由読書を含むようにするべきである。これらは脳が疲労した状態でも容易に行うことができる。自由発想とは自身が偶然興味を持ったあるいはいいアイデアを出せそうと思った何かについての拡散思考を行うことである。このとき、アイデアが出にくいものについては無理に発想を続けないようにするべきであり、何について考えても何のアイデアも沸きそうにない場合は、「何について考えたら良いアイデアが湧きそうか」ということについて考察してみると良い。また、自由読書とは、自分がたまたま読みたい気分になった本の好きな部分を読む読書である。そのとき、読書ノートをとるのはどうしてもそうしたくなったときだけである。

自由発想や自由読書以外の目標はより具体的で小さなものにしておくべきである。例えば、例えば家で何らかの本を完成させることを目指すときは、それ自体を目標とするのではなく、本の特定の項目を完成させるあるいはその部分にまつわるアイデアを出すことを目標とするべきである。大きな目標は設定してもいいが、それだけだと目標達成による快楽を得ることが簡単にはできないためやる気は起こすことが難しい。

・目標自体の相対的魅力の増強
集中できない環境で何かについて学ぶためには、できるだけ探究対象を自身が興味を持つものに限定するようにするべきである。それにより、自身にとって本当は望ましくない行為への誘惑以上に学習に対する魅力を感じることができる。とはいえやはり余計なものは周囲にない方が勉強に集中しやすいため、できる範囲でそれらを取り除いておくべきである。

 

 

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