世界の基礎+α

世界の平和を実現するための方法を考えます

文章術(最近考えたやつのまとめ)

文章術学習の方針

ストーリーを書く際は、同時進行で文章の書き方に関する理論や技術の開発と習得を行う

文章術学習の基本手法

○洞察
今しているように、自分自身で文章術の本質について考える

◇洞察の際の主要な観点
・小説、創作そのものについての解析
・文章を構成するもの
書き手、読み手、文章、それらを取り囲む環境
・執筆手順&手法

・自分自身の作品の分析
・他人の作品の分析
・優良表現実例

・人の解析
・世界の解析
文章、創作の外部について分析する

◇その他
・当たり前の方法の分析も怠ってはならない。当たり前といえるほど重要で本質的な方法であっても、感性で作品を作る場合には見落とされる可能性が高くなる。

 

○文法、語彙力増強
教科書や辞典を使う
辞典丸暗記も手(三島由紀夫はそうしたらしいし、そうしたからこその表現力なのだろう。というわけでどこかで必ず自分も辞書暗記する)

○創作術や理論に関する情報収集
情報を普通に集める
良質な専門書を読むことも大切


○他者の作品の参考
自分一人で人類が積み重ねてきた文章術の完全再開発などできるはずもない
他者の作品から手法を学ぶ

◇読書法:リサーチ読み→精読
・リサーチ読み(一回目の読書)
楽しむために読む段階(作品を普通に楽しむために読む)
急ぐ場合、後に本格的に読むときの事前調査のつもりで文章を一気に読む
全ての文字に目を通すが、理解できずとも読み返さない
途中で軽く脳内で展開をまとめる
この段階では深い分析はしない


・精読(二回目の読書)
分析のために読む段階
優れた作品でなければ、気になったところだけ読み直す

以上の過程で生じたメモはきっちりどこかに保管しておくようにする


◇語と良い表現の蓄積
体系的に語や表現を記録する
・読みや意味が分からない語や良いと思った語を記録する
・気に入った表現を体系的(グループ化と階層化を怠らず)に記録する。蓄積された表現は定期的に魅力を損なわない範囲で選別&抽象化する(でなければ文量が多く引き出すことが困難となる)

 

◇作品の分析
・他者の作品を鑑賞していて感情が動かされた場合、そのメカニズムについて分析
分析結果を本質化し、自分自身でも使えるようにする

・分析対象(分析観点)
具体的表現(各文章)の分析
構成の分析
作品の理念、目的

作品の問題点、改善点(あえてケチをつけてみる?)


・作品外部情報を活用した分析
著者の発言を知ることで、作品の意図やそこで使われた技法を知る
著名な作品については、解説書の類も読む
作品が出版された時代の歴史的背景などから読み取れることもある
(歴史的背景を加味した分析は割に合わないかもしれないので、歴史に詳しい他の読者の分析に頼った方がいいのかも)


・自分が知らないことを学び取る
自分が作品を作る際に分からないことがあればそれを明確にし、他者の作品を読むときにその解決策がないかを探す
自分の作品より優れてると思う点があれば、そこが何かを考える
面白い作品の面白い部分に、自分の理論に反する部分があれば、理論の修正を考える


◇参考にするべき作品
名著を読む
・名著、名作は当たりの確率が高いので、読書に使える時間が無限にあるのでもなければまずはそれらから読んだ方がいい
・他者のレベルの高い作品を読み、自身の現在の能力の低さと現時点での最先端を知らねば、その先には進むことはできない

文化を知る
・文化もまた他者の作品の一種である。長い歴史の果てに熟成された文化は、完成度が高い

 


○人や世界についての理解を深める
文章を書くのに、文章や芸術のみについての分析をするのでは足りない
人や世界そのものについての理解も深める


□人の解析
・学術書などを通して人の心理などについて学ぶ
・自分自身で人を観察&分析する
自分自身や周りの人間の行動や心理を普段から解析するように
自分の人生において何か大きく感情を揺さぶる自体が起きれば、それは感情を巻き起こす手法を分析するチャンス
分析結果は当然どこかに記録して保管する

 

□世界の解析
世界に関する知識の習得


◇知識習得の理由
・知識が多ければ、話の引き出しが増える
・文章を書く際には、その中に登場する専門分野についての知識を事前に習得しなければ、詳細な描写を強引に避けたり詳しいものから見て不自然な作品を書くことになったりすることになる

◇既に知識を持ってる分野に関する作品を書く
作品のために知識を習得するのではなく、知識を習得済みの領域についての作品を書くことも考えられる
それにより無理せず、その知識を持たないものに未知を知る喜びをもたらす作品を作ることができる
また、知識を持つものが共感の喜びを得られる作品を作ることもできる

 

○理論構築の手法
ここまでに触れた洞察と学習の実行によって、文章術をまとめた理論を構築する

・体系化及び本質化された理論の構築
内容が膨大な理論は、それが使える場面が来たときに偶然その理論の内容を思い起こすことに頼って活用しようとしても限界がある。必要な情報を必要な場面で思い出せるとは限らないのだ。それでも理論を実際に実行しようとするのであれば、定期的に理論を見直しその内容を実行できているかどうかを確認するように努めなくてはならない。その際に理論の見直しコストが高いと効率が悪くなるため、理論は体系化と本質化を行い情報の検索性と文章量の少なさを高めなくてはならない(ただし、実践的な技法や実用的表現を解明する部分においては、過度な抽象化は避けた方が良いだろう)。
なお、当然、以上の理論の定期確認と理論の整理を行いながら作品を書くには多くの時間が必要なため、執筆期間に無理な制限を書けないようにするべきである。

・理論は膨大かつ複雑で常用は困難
普段採用する戦略は、理論をもとに構築した簡略マインドセット
状況に応じてそのマインドセットの構成は変更する
変更した瞬間世界の状況が変わって追いつけない感覚
それでも分析し続ければ、いずれ永劫不変の法則が見えてくるやもしれない(世界には長く保証された法則がある)
無策無洞察よりはいい

・理論を考えるのはいいが、実際に作った作品が本当に優れているのかをよく自問自答するべきである。優れてないなら、理論に改めるべき点があるということ。

実践の重要性

いくら学習によって理論を構築しても、それだけでは優れた作品を作れない
理論は全体の指針を示すだけに過ぎず、実際に優れた作品を作るにはその指針に従って作業をすること、そしてそれにより理論自身の間違いの修正や理論に含まれてない実践領域の解明を行う必要もある

理論は進むべき方向性を示し、全体の成長効率を向上させるため開発する価値のあるものである(非効率なほど理論の開発ばかりに時間を使った場合は除く)
だが、自分が現時点で絵の理論を考えた割に絵が下手(といってもあと少し伸ばせば同人ゲームとしては十分だろうが)なのは、その理論が無意味だったからというよりは、その理論の実践と修正&追記が足りていないから
本当であればもっと模写をして、理論にない知識や技術を明らかにしていく必要があるのだ
結局のところ優れた理論だけではどうにもならず、成長には実践の時間も増やすことが不可欠。理論を実践に結び付けるには相応の時間と努力が必要


◇以上が口先だけにならないように
現在作ってる作品については、文章量が過度になるのを防いだうえで考察が伴った推敲の時間を十分に取る
その際に、自分が開発した理論の実現が不十分な点があれば、その実現の方法を考え実行する
むろんその過程で、自分の理論の問題点に気が付いたのであれば、理論の方を修正する


創作の方針

創作の個人的な目的(+関連情報)

◇創作の目的
・主たる目標
作りたいものを作るため、見たい世界を見るために作る
・副たる目標
作品を通した世界への思想統制
資金獲得


◇創作の利点
想像上の世界では、現実世界ではありえないものを形にすることができる
すなわち、創作を行えば、非現実的な事象を見たいという欲を満たすことができる

◇思想統制の実効性
反戦のために戦争の恐怖を演出する映画があったとして、その映画が恐怖を演出するのみであれば、映画の鑑賞者は結局のところ何も動かないのである
何故ならば、漠然とした恐怖しか示されない場合、その感情はしばらくすると忘却されるからである

作品を通して実際に読者の行動を促進するためには
・取るべき行動を分かりやすく明確に示す(もちろんストーリー展開上不自然ではない方法でもって示す。正直明確に示すことには限界がある気がする。明確には示さないが作品からおのずと馬鹿でも読み取れるようにすることがいいのだろうか?)
・その行動をとることをのメリット(あるいは取らないことのデメリット)を、知識及び感覚として、強烈に受け手の脳に刻み込む
ことが必要である

感情による演出は、今までの鑑賞者の凝り固まった考えを破壊するきっかけとして有用な手段ではあるが、それだけではしばらくすると忘却し無意味となるのである(いや破壊効果自体はあるのだから無意味は言い過ぎかもしれない)


・思想統制を行うための本は、その統制を行う対象となる層に受け入れられるものでなくてはならない
読者が作品を読んだときに得る印象が総合的に見て十分に肯定的なものでなければ、その作品は読者に拒絶されるため読者の思想を統制することが困難になる

対策として、広い層の人に受け入れられる作品を作るのであれば、作品内の「多くの人から支持される要素」を増やし、「多くの人から拒絶される要素」を減らすべきである
人々の集団Aへの印象値が-2されて、集団B(集団Aと同程度の人数)への印象値が+4される表現があれば、その表現は採用することが推奨される。しかし、既に集団Bの印象が非常に良いが集団Aの印象が悪い場合には、採用しないことも選択肢に入る

自分はこういう操作は面倒なのであきらめる。嫌われる作品になって読まれなかったらそれはもう仕方がない
その場合、自身の作品に含まれる価値ある思想は、人伝いに他の人に伝わるのを待つほかない


◇商売的作品作り
お金がなければ売るために作品を作ることも考えなくてはならない
だが、自分は基本的には自分の作りたい作品を作り、売り上げを上げるための修正は自身の願望に大きく背かない範囲でしか行わないつもりである
何故ならば、自分の願望に反する作品など作っても面白くないからである
企業ではなく同人作家として作品を公開するのであればそれで問題はないだろう

 

面白い作品の特徴

面白い作品とは、読むことで知的好奇心が満たされたり、感情や欲望が動かされたりする作品のことである

・知的好奇心は単に価値ある思想や知識を作品に含めるか、次の「作品の面白さ/未知」を参照
・作品による感情の操作のためには、感情そのものの本質について解析する必要がある
感情想起のメカニズムを知れば、読者の感情が想起される条件を作品上に整えることで、読み手の心に感情を呼び覚ますことができる
感情に関する分析は後程


○作品の面白さ/未知
既にみたことのある要素のみから成り立つ作品では面白味を感じがたい
何故ならば、既知の要素では知的好奇心を満たすことができないし、慣れによって感情の想起も起こりづらいである
そのため面白い作品を作るには未知の要素が必要

だが、未知のために面白くもないただ斬新であるだけの表現を混ぜこむのは辞めるべきである
★未知は、自分が作りたい作品あるいは自分が面白いと思う作品を作る際に、深い洞察を沢山することでおのずと生まれるし、そのように生み出すのが望ましい

なお、未知が必要と入ったが、読み手の関心を引くために必要なのはその人にとっての未知であり人類全体にとっての未知ではない
また、よほど目の肥えた受け手に向けて作品を公開するのでなければ、ちょっとの考察をするだけでも容易に読み手にとっての未知を生み出すことができる

◇二週目以降の面白さ
多数の要素からなる作品では、二週目以降の読書によって一週目の読書では見落としていたあるいは情報の不足で理解できなかった未知を発見する喜びを得られることがある
つまり、二週目以降の読書であれば未知がないということにはならない

 

創作方針の詳細

○自分が創る作品=短編&超推敲(短編というが、数万~数十万字程度はある)
自分の脳の形態的に、流れるようにきれいな表現を思い浮かべるようなことはできない
つまり、自分は優れた表現の作品を作ろうとすると多くの時間が必要となるのだが、そのうえ文章量まで増やそうとしてしまうと受容し難い大きさの執筆時間が必要となってしまうということである

逆に得意なのは時間をかけて深い洞察を行うこと
自分の頭の回転速度の遅さは発想力の代償、時間を賭けさえすればむしろ他人以上に深い思想の作品を作れる可能性もある

よって、自分が創る作品の方向性は
・短編&超推敲
長いストーリーは描かずに、短いものについてじっくり時間をかけて書き上げる
そしたら処理速度の低い自分でもレベルは高められる
小説を学術書を描くときのごとく深い洞察をしながら執筆する(既に公開済みの書籍は、数百字の執筆に数日かけることもあったが、そのレベルを意識する)
・深い思想や計算された演出が埋め込まれた作品を作る
自分がするべきは、時間をかけた洞察による、深い思想、有用な知恵、感情操作演出の埋め込み
・表現の綺麗さは、時間をかけて実現する。ただし、執筆時間に余裕がない場合は思想の方を優先する
・短時間の執筆による綺麗な表現も努力によって獲得を目指しはする(それが主力ではないだけ)
地道に洞察、学習、他者の作品の観賞、人や世界の観察、によって表現を開発&蓄積する(体系的に)


◇理想の洞察量
理想は、ストーリー内の各文章を学術書を書くときのごとく時間をかけて生み出すこと
短い作品を、圧倒的な洞察&執筆時間でもって、また無限かつ徒労を度外視した修正を行って、書き上げる
そこまでやれば確実に最高の作品を生み出すことができるだろう

実際は本当に無限の時間をかけて書き上げようとすることには問題があるかもしれない
何故ならば、時間の経過が作家自身の思想を変容させ、初期に書いた部分と後期に書いた部分の不整合を生み、それが作品に大きな問題をもたらす可能性があるからだ
更に、徒労を度外視した修正を行うとは言ったが、それも結局形骸化する可能性がある
だから、無限の時間をかけて一つの作品を書き上げることが常に当てはまる理想だと思い込んではならない

ただ、基本的な考え方として、時間をかければかけるほどいい作品ができるという考えは持っておいた方がいいと思う
そうすれば文章の各部位の表現やストーリーの展開を上位のものに置き換えることが可能になるのも事実なのだ
作品の完成度を高めたければ作品全体の文章量を削ったうえで、膨大な時間をかけた修正を実施しろ(※これは連載物の魅力や価値を否定するものではない)

 

○自分が人生全体で書き上げる予定の作品
◇自分が創る作品
大きな作品は4つ作る(単なる娯楽作品が二つ、後半二つは蓄積された技術によって完成させられる思想的作品)
いずれも共通の世界観の元で作られる作品
各作品の目的も以下に示すが、感情の想起は当然のこととしていずれにおいても行われるようにする

・第一作品
主:快楽(身体的快楽、ゲーム的快楽)
副:知的好奇心
現在制作中のノベル要素が付与されたRPG

・第二作品
主:幸福(創作の世界でしかありえない永続的で完全無欠の幸福)
副:戦略性
ノベルゲームのゲーム要素、選択が結末を変えてしまうことによる重みを引き出す。
正しく情報を組み立てれば正解を選べるように情報と選択肢を示す(あえて理不尽な選択肢を用意する場合は不幸な結末にはつなげない)
正史ルートはすべての選択を正解したルート?主人公の女神は圧倒的知性の持ち主であるため当然全てに正解し完全な幸せを得るのであるが、プレイヤーはそうではないため間違ったルートを通ることがある
本作を通して文章力と絵の技術を完成に近づける

・第三、第四作品(いずれもタイトル未定。二つの作品を同時公開したい)
主:
絶望、破滅へと至る道筋
救済、平和へと至る道筋
副:
政治的知恵の提示
ストーリー:

★実際の宗教家に怒られないため、ファンタジー感は強めることにする(が、うまいこと調整してリアリティを重視することになる可能性もある)
無限の過去を有し、そこから現在にいたるまで世界の創造を繰り返してきた創造神(慈悲深く、苦痛ある世界を作ることを正しく正当化できる存在)
それは全能の力を秘めるがその力の使い方を完全に把握することはできていなかった
ゆえに創造神にはやがて打倒の可能性が生まれ(そこまで打倒されていなかったことには理由がある)、その最も有望な配下は反逆を企てる(反逆者は人よりも優れた存在であるため勝てないと分かりきった存在に戦いを挑むことなどはあり得ない。戦いを挑んだのは実際に勝てる可能性があるからであった。なお、反逆者は私利私欲に基づく反逆を起こしたのではなく、創造神が苦痛に満ちた世界を創ることへの正当性ある反抗として反逆したのである)
最終的に反逆者は滅ぼされ、創造神は休眠状態と化し、後には混沌とし荒れ果てた世界が残される(創造神の再臨が待ち望まれるが、それは長い間起こらない)

ある時、その世界で、創造神が無限の過去を有してなお生みだせなかった「全知(全能の力の使い方を知っている状態)」を秘める存在がついに生誕した(無限の過去に生まれなかった全知が突然生まれた理由は、その発生条件が創造神の創造によって徐々に蓄積される「値」がある閾値を超えることであり、それを超えたのが今だからである。また無限の過去があったにもかかわらずそれまで打倒されていなかった創造神が反逆者によって打倒されかけたのも、その値が閾値を超えたことが要因となっている)。
夢世界関連のエピソードは、その全知を秘めるいずれ夢世界の女神(女ではない)になる存在を中心に展開する(主人公は別)、破滅と再生の物語である

・完全趣味の作品

・小作品群
R18の小作品でお小遣い稼ぎするかも

 

◇自分が書く4冊の書籍
基礎四書(仮称)
・世界の基礎←ゲーム内では異界人の遺稿という名称に変更する可能性
思考法類+政治学+無分別知/老荘思想・仏教系
・世界の基礎:追記
戦略論、組織論等+法学、経済学、国土開発等(世界の基礎で網羅されていない政治領域)+創作論(文章量次第で別の書籍に分ける)+分別知/分析哲学
・文明の知恵
読めば文明を0から再構築できるような技術書にしたい
道具とは、応用科学
今後の人類の存続(資源活用)について
・学術概論
数学、物理、生物学、化学など

4作品、4書籍を前提として書き上げて、そのうえで自称研究者としての活動を行いたいのだが、流石に大風呂敷広げすぎなのかもしれない
世界の基礎はともかく、後二つの書籍は専門家の協力が必須か?

 


○生存戦略
◇旧時代の方針
自身はかつて驕り高ぶっていたため、自身が思考法や創作術を公開しそれが広まることで、創作界隈の競争率激化&レッドオーシャン化が加速し、自身の創作者としての生存を脅かすのではないかと考えていた(実際はそもそも広まることすら困難であった。公開される技法のレベルも世界を大きく変えるほど圧倒的なものとはならないだろう)
だが、思考法や創作術の隠ぺいは世界の知的水準の向上のため諦めるつもりはなかった

結果、自身の作品のブランド的価値を高める戦略を重視する
具体的には、早期に多くの人が楽しむ作品を作り上げ、公式設定としての続きやつながりのある作品は著作権的に自分が作った作品からしか摂取できないようにする
そのうえで、継続的に同一世界観のあるいは過去作の続編としての作品を公開し続けるのだ
その場合他者の創作力が著しく強化されたり、万が一AIが人を完全に上回る創作力を手に入れたとしても、ある程度の人は公式設定としての続編を見たいという願望から自分の新たな作品を買おうとするだろう
ただし、流石に年を取れば自分の創作力が衰え人が離れることは不可避であるだろうから、完全な永続を求めるのは精神衛生上辞めておいた方が良いとは考えていた

◇今の方針
4つぐらいデカい作品出して稼いだ後は、安定投資で生存
その後の創作は趣味

 

その他

◇大衆向け作品の特徴
・理解しがたい表現を排除、刺激の強さ重視
これは思想性の低下と微細な心理描写の減少を招く
ただし、私はそれが問題だとは思わない。なぜなら自分自身その手の作品を好むからである

(自分もそうだが、大衆は大きな刺激でしか満足できないバカ舌状態なのかも)

・幅広い年齢層に対応
社会現象を巻き起こす作品(ジブリ、鬼滅など)は、老若関わらず見ることができる作品


◇才能の種類
物書きとしての才能は一種類だけではない
・綺麗な表現が思い浮かびやすいタイプ
・深い思想を考えられるタイプ
・面白い展開を作ることができるタイプ
いろんな才能がある
最低限の思考力があれば、いずれも努力によって伸ばす余地あり


※以下仮説(この分析がどの程度正しいのかは定かではない)
高速にきれいな表現を思い浮かべられるタイプの脳は、収束的思考が得意な脳である。
そのタイプの脳は脳内の回路が整っているがゆえに、ストーリーの各部位を執筆する際にそこに当てはまる最適な表現を、高速に記憶から引き出したり記憶内の情報を組み合わせたりすることで容易に見つけることができる
だが、そのことは混線状態の脳回路が得意とする通常ならば繋げられないはずの情報の接続をかえって困難にしている可能性があり、結果既存から逸脱するような理論や表現を生むことが困難となる恐れがある

ただし、以上二形態の脳の中間に位置する脳も存在する
また、収束型の脳の持ち主であっても時間をかけた洞察や観察を行えばやがては逸脱的発想に至ることはできるし、拡散型の脳の持ち主であっても後天的な語彙及び表現の獲得を地道に積み重ねることでいくらか高速に綺麗な表現を行ことは可能になる


◇番外編:特定回避
・文体に基づく特定
AI技術の発展により文体から個人やその人の他のアカウントを特定することが可能になっている可能性がある
語の出現率、誤字、言い回し等から、特定される可能性がある

回避したければ、意図的に文章のそれらの特徴を改変することが必要なのかもしれない(敬体と常態を切り替えるのもありか、、、?)
ただまあ現実的ではないので自分はこれは諦める
特定されたくないのに特定されたら、そのときはしらを切ればいい
比較的現実的な策があるとすればアイデアだけは自分で出すが執筆は他人に依頼する、自動翻訳をはさむなどだろうか?今ならAIに丸ごと同じ内容の別の文を書かせることも…

・複数のアカウントが同一人物のものであることを隠す手法
複数のアカウントが同一人物のものであることを隠す手法としては、それらのアカウント間でその運用者に関する共通の情報を減らし異なる情報を増やすことが考えられる
例えば、二つの同一運営者のアカウントがある場合、その両方で公開されている個人的な情報(過去の経験談等も含まれる)に共通するものが多ければ多いほど、それらのアカウントが同一人物のものであると見られる可能性は高まる
逆に、嘘情報などによって、致命的に異なる個人情報がそれぞれのアカウントで複数提示されている場合は、それらのアカウントが同一人物のものであると見られる可能性は低くなる
なお、嘘情報を流す場合は、用意する手間がより大きな嘘情報を流すことで、その嘘情報の信憑性が高まる

だが、結局のところいずれにせよそもそも個人情報を可能な限り表に出さないようにするのが安全なのかもしれない

★自分がこのような考察をしていたのは、非倫理的R18作品のアカウントと、世界の基礎等思想的書籍や作品を出すアカウントを別人のものだと思い込ませて、前者の悪評を後者に影響させないようにするためであった。しかし今はもうアカウントを突合して、微細な宣伝力を一つにしなければ、両方埋もれるだけと考えているので、アカウントは分割しないことにした(その結果、R18ゲームに、書籍の内容を取り込むという戦略を採用したのである)


・自分自身を洗脳し、人格を切り替える
アカウントごとに運営時に辞任する性格を変更する
すると別人に見える可能性が高まるかもしれない

 

文章を構成するもの

ここに記されるのは文章およびそれを取り囲む構造であり、文章を書く方法ではない(一部例外あり)
これは後にまとめられる執筆手順&手法を開発するための手助けとなる情報のまとめである

 

○この項目の全体像

文章を構成する要素
・文章自体
・書き手
・読み手
・以上を取り囲む環境

文章と他要素(絵や音楽など)の組み合わせの模索

 

書き手

◇保有物
・金融資産や創作活動に費やせる時間を多く持つ者は、じっくり自分の作りたいものを作ることができる
・十分な作品制作の道具を保有する者は、表現するべきものを思い通りに表現できる可能性が高くなる
・優れた作品や情報に接することができる環境を有する作者は、それを使って優れた作品を書くことができる
・情報発信力を有する人、作品の宣伝に困らない
・協力者を集め協力して作品を作る作品を持つ作者は大規模な作品を作ることができる(ただし、多人数であることが採用できる表現の幅を狭めるリスクがある点には注意が必要である)


◇知性、教養
・知能が高く優れた世界の分析手法を知っている人は、戦略的に執筆能力を高めることが容易
・書き手が保有する知識や経験次第で、その人が向いている執筆対象の分野は変わる
既にたくさんの小説を読んでいる人は、表現力の面で優位。読んでないものは後からの努力が必要
・普段からものを考えることや学ぶことをしない作者は、優れた思想を有する作品を書くことが難しい


◇感性
・大衆と合致する感性の持ち主であれば、多くの人に受け入れられる作品を作りやすいのかもしれない。そうでない者はそれはそれでニッチジャンルの需要を満たす可能性がある。
・あえて、書き手の精神状態を崩すことで、不安定な精神をうまく描写する作品を作ることができる可能性がある。深夜、音楽、それらの手段で比較的健全に精神を不安定化できる(寝不足や飲酒を利用するのは邪道か?少なくとも自分は意図的にはそれらの手段を使わない)。ただし、不安定でない精神ならではの作品もあり得る

 

ここに書くべきアイデアを他に思いついたのだが思い出せない、、、
思い出したら追記する

 

読み手

○読み手
読み手は人
人は、脳を持ち、思考ができ、意識を持ち、感情を生む(人の思考と感情は、他の動物と比較すると複雑である)
あらゆるものは意識を向けなければ認識されない
感情は欲に関連して生じたり、身体的な刺激に関連して生じたりすると思われる
人は身体を持ち、五感を通じて、光、音、触感(痛みや性器が生じさせるそれを快と解釈する前の感覚も含む)、臭い、味を感じることができる(五感、耳、目、鼻、舌から何かを感じるとき、触感が付随することもある)
身体を通して得られた信号に対して、快と不快を感じることができる(なお、感情もまた身体的な刺激と信号を生じさせるため、それにたいして快不快を感じることがある)(快、不快は実のところ喜びと嫌悪という感情なのだろうか??分からんが今の時点では別物としておくか)
人は快の刺激に対しそれを求める欲を生じさせ、不快の刺激に対しそれを回避する欲を生じさせる
人は、生存を望み、幸福と快楽を追求する
人は、死を恐れ、不幸と苦痛を回避する

以上の原理から、人が作品に求めるものを予測するとよい作品を作れるのかもしれない

想像の世界と、実際に五感を通じて知覚する世界は、意識上においては厳格に区別されず、想像と現実の区別は理性によって行われる
つまり、想像の世界での幸福は、現実の世界での幸福と同様に感じられる
故に、創作の世界で幸福(不幸)を演出することは、読者に現実の幸福(不幸)を与えることにもつながるのである
◇ただし、現実と想像には差異も存在する
・想像の世界では、既知の概念やイメージを組み合わせて作れるものの範囲では、現実にないものを生み出すことができる(逆に作者にとって未知の要素やそれを用いて生成される要素を生み出すことはできない)
・現実で起きた出来事は不可避的に五感の全てを刺激する(これはそれらの刺激が全て意識に上るということを意味しない)が、想像の世界での出来事は、思考と五感のうちいくつかを使って認知されるのみである。そのことは想像の世界をいくらか遠いものにする

なお、思考によって実際にはない感覚を想起することはある程度は可能である(当然それによって想起される感覚は、直接に五感を通して通知される感覚よりは曖昧である)


○読み手の個体差
読み手には個体差があり、それが作品を読んだ時の評価を変える

読み手の様々な個体差によって、作品に対して何を感じるか、どのような作品を好むかが変わる
◇個体差事例
知能/感受性(+欲の強さ)
教養/経験
精神状態/読み手を取り囲む状況

 

○読み手の感受性
特定の感情が生物的に希薄である人間は、その感情を動かす楽しみを得る作品は楽しみがたい
(ただし、そのような人間が感情を感じたいがゆえに、自身の心すら動かせるような作品との出会いを求めさまよう可能性はある)
感情が希薄であるが何らかの理由で知的好奇心は有する人がいるならば、その人は何らかの学びを得られる作品を探す可能性がある

○読み手の知能水準
◇読者の知能水準と傾向
・複雑な作品と単純な作品の読者層
頭の回転速度が早かったり教養(世界に関する知識、多数の小説を読んで得られた経験)に富んでいたりする人は、その場で作品の複雑な内容を理解することが可能であるため難解な作品を楽しむことができ、逆に単純な作品では自身の力を持て余し楽しめない可能性が高くなる
頭が良くても上記の条件を満たさない人(自分は自称これ)や頭の悪い人は、難解な作品を理解できないため、単純な作品を好む
(後から考察を楽しむのを好むケースも考えられるが、鑑賞中に

・浅い思想の作品
知的好奇心が高い人は、その欲を満たすため何らかの学びを得られる作品を求める
その際、頭の回転速度に限らず知能水準や教育水準が高い人は、浅い思想の作品を幼稚だと切り捨てる可能性が高い(思想が浅くとも刺激性があれば楽しめる可能性はある)


○教養、経験
以下、教養と経験を分けて解説するが、実際はいずれの項目も両方に当てはまることが多い

◇教養
・読者の作品関連分野への理解度が高いことによる影響
ある分野への理解度の高い人間がその分野に関する作品を読む場合、その作品の粗に気づきやすくなる。
一方で、その作品がその分野への理解度が読者以上の作者によって書かれたのであれば、読者は自身の興味関心に合致する知識を得られる喜びを得る(作者と読者が同等の場合は作品内の知識を一緒に鑑賞していた者に披露できる喜びを得る)


◇経験
・連想物の差異
読み手の人生経験によって、作品中の語や表現から何を連想するのかは異なる
そのことは作品に対する感想を人によって異なるものにさせる一要因となっている

・共感容易性の差異
読み手の人生経験によって、どのようなキャラクターのどのような心理描写に対して共感を示せるかが変わる

・目的の差異
読み手の人生経験によって、どのような作品を求めるのかは異なる

 

○読み手の差異への向き合い方
基本的に作品は自分の作りたいものを作るのがベスト
自身の願望に一致しない作品を作ろうとしても、意欲や理解度の低さから失敗する可能性が高くなる
読者は偶然自分の感性と合致する人がいて、その人が自分の作品の存在を認知し読み始めたときに、たまたま現れるもの

どうしても、現実世界の特定の層に読まれる作品を作りたいのであれば、その層が嫌う要素を減らし、その層が好む要素を増やした作品を作るべき
トレードオフの状況においては、自身の目標全体からしてより重要な要素を優先的に取り込む


◇思想深い作品の大衆化
思想深い作品は難解であることが多いが、そのような作品はできるだけ思想の理解のしやすさを向上させたり(思想の本質を見抜き表現を簡易化する。また思想を理解するうえで重要な情報は繰り返し提示するなどして記憶に残りやすくする)仮に思想を理解できずとも表面的な演出によって楽しむことができるようにしたりすれば、大衆化することがある程度は可能である
あるいはもう思想の追加は逆に大衆向け作品という枠から逸脱せず無理なく行える範囲でのみ行い、無理しないと追加できないものは追加を諦めることで、妥協された有思想作品を作るのもありかもしれない


文章

これについてはあくまで構造を示すのみにする
実際の文章の書き方については以降の部分で描くため、ここには書かない


○文章の構成要素
◇実在的構成要素
・媒体&記録手段(紙&ペン、電子メモ)
・文字
◇非実在的構成要素
・言語、語、語の並び
・構成の形態
短編、長編、連載もの
散文、韻文
文章としての形態(学術書、思想書、小説、エッセイ、詩、和歌)
・内容
ストーリー、思想など

 


○小説における構成要素
・地の文(第三者視点)←単一人物ではない可能性もある?
・登場キャラクターのセリフもしくは心の声

 

 

環境

○内容への影響要素
時代背景が作品内の思想に影響
体制批判、啓蒙、生き方の提示
物語の面白さを実現するため、その時代の人が共感しやすい心理を描写して感情想起を目指す作品

独裁国家では、独裁者の価値観で表現が制限されたり、半独裁的描写が規制されたりする

○創作の道具及び理論の発展
◇道具
科学技術の発展により作品作りの効率は上がる
例えば、自分のストーリー執筆速度は電子メモの存在により向上している
電子メモではコピー&ペーストによる編集が可能である

◇理論
創作理論が発展した環境では、優れた創作が生まれやすくなる可能性


○人々の興味関心の状態、創作を支援する環境の整い具合

 

☆他要素との組み合わせ
ノベルゲームでは、絵(静止画、動画)や音楽とも組み合わせて文章を楽しむことができる
また、選択によってストーリーが変わるようにすることで、作品への没入感を高めることができる
自分の作品にいたってはRPG要素まで加わっている(強引な組み合わせとならないといいが。ちなみに現在ノベルとRPGを組み合わせたのは、自分自身のストーリーを書きこみたい願望と楽しいRPGを作りたいという願望の両方を満たす作品を作りたかったから)


◇他要素との組み合わせの可能性についてはさらなる模索をいずれしたいと思う
人の認識機能←思考+視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚
芸術はそれらを刺激するもの(料理も芸術のうち)

文章表現次第では、触覚、嗅覚、味覚を連想させることも可能といえるか
料理を食べる前に見たレビューが優れていれば、実際にそれを食べるときに
小説を読みながら直接的に触覚や嗅覚を刺激するのは流石に無理筋か?
いやR18ゲームだとある意味読み手が自主的に手を使ってアレを刺激することになる

 

 

執筆手法

執筆計画の手法

○仮完成→完全完成
ストーリーは
仮完成させる→その後肉付け&高品質化
という手順で完成させる
初期段階で推敲しすぎない、雑に完成させて、後から断続的に修正

このようにまず仮完成させる方法を採用するのは、作品を期限までに完成させることが主な目的である
まず仮完成をさせてしまえば、未完成の状態で期限に到達することは防げる
また、残りの執筆時間に合わせて柔軟に作品の質の向上やシーン追加の量を調整することができる

□仮完成の手法
◇時間制限を設ける
◇一話の文字数を気にしない
◇推敲防ぐためのルール
・ちょっと考えて思いつかない部分は適当に流す
・文章の連なり、会話の自然さにこだわらない
・同じ表現の繰り返しを受け入れる
★一度書いたものを書き直さない??


□質の確保のための期限延長
基本は期限は延長しないつもりで計画を立てる
だが、期限が着たタイミングで完成品のレベルが納得いく水準を超えてないのであれば、期限は延長することが望ましい


□その他
・時間がなさすぎる場合、要所の文章のみで本気出す

 

○後の大作の構想は早期から考えておく
後の大作の構想は早期から考えるようにする
それにより、時間をかけてその作品の構想を練ることができる
また、世界観のつながりがある作品を作る場合は、後の作品の展開を考えて現在作成中の作品の設定を練ることができるようになる


○共通の世界観の作品を複数出す場合
共通の世界観の作品を複数出す場合、最初期に作る作品で具体的な設定を出しすぎると、のちの作品での解釈の幅が狭まるかもしれない

初期作品について
・具体的で明確な設定を出すのは最低限の量に留めるように(のちの作品に影響しない部分なら自由に書いてもいい。予想外に影響する可能性はあるが)
・具体的な設定を出すなら、設定を固めきってからにするべき

とはいえ後からの新しい要素の追加によって割と新作のための世界観修正は可能とは思うので、極端には気にしすぎない

 


執筆の重要手法

文章全体

○簡易性

伝えるべき情報が伝わるようにする
できるだけ簡易で理解しやすい文章にする
アクセントとして難解な表現を入れてもいいが、それはせいぜい作品の1~2割程度に留める

◇難解な文章の問題点
・難解ゆえに読むコストが高くなり、読む気が失せる
・理解の苦しみによって、ストーリーによって盛り上がった感情や欲望が萎む

読解力の高い読者に対して作品を公開する場合や感情や欲の盛り上がりを重視しない作品を公開する場合は気にしなくていい問題

難解ゆえに理解し場合記憶に残る?だがやはり長期間たてば難解なものほど忘れるだろう

◇複雑な内容の理解促進
自分の作品は多くの人に理解できるものとなることを目指す
作品を理解するうえで重要な情報については、「複数回作中に出す」あるいは「長めの文量&インパクトある表現で触れる」ことによって、強制的に読者の脳に認識させる
場合によっては情報に基づく推論の方まで同様に強制認知

 

○視点

・一人称視点
・三人称視点
・ハイブリッド
・その他


◇一人称視点
特定のキャラの心情を詳しく描写するときに使う視点
そのキャラの視点で物語を進める

・ノベルゲーでの書き方(これは絶対的な解ではない)
登場人物のセリフを描くときは、視点キャラ非視点キャラを問わず名前を出す
登場人物の内心については、基本的に視点キャラの内心のみを書き、それは()で囲まない(名前はあってもなくてもいいかも)
どうしても非視点キャラの内心を書く場合は、()で囲むし名前は出す
第三者視点(世界の観測者)の文章は基本書かないが、描くなら名前なしで、--とかで囲む?


◇三人称視点
これを選択するのは、キャラクターの内心よりも外観を詳しく描写するとき
作品に登場するキャラクターのいずれの視点にも立たずに、作中世界の観測者の視点で書く(観測者は自我を出すこともあるが、基本は自我を出さずただ観測される事実を記録するのみ)

・ノベルゲーでの特性
立ち絵を出すノベルゲーにおいては、三人称視点で物語を書いた方が、主人公の立ち絵も出しやすくなり、出てくる全てのキャラの視覚的可愛さを表現しやすくなる
各キャラクターのセリフは、名前を出したうえでそのまま
各キャラクターの脳内の声は、名前を出したうえで()内に入れる

 


◇その他
・ニ人称視点?
作品のキャラクターによって語り掛けられるような作風
視点側の心理描写などはない

 

 

ストーリー展開に関する手法

★以下のいずれも参考情報であり、これらの手法に拘り自由な発想を損なってはならない。作品作成中には、必ずこのようなテンプレートから離れて、客観的かつ自由に作品を改善するための策を練るための時間を用意する

◇全体→部分
ストーリーは全体→部分の順に構築する
まず全体を明らかにすることで、各部位の執筆時に他の部位の内容を加味した内容にすることができる。また、執筆の計画も立てやすくなる
全体を明らかにせず前から順番に書く場合、行き当たりばったりな展開になり、ストーリー全体のテンポや整合性を整えることも難しい


・大枠を決定

・重大な文章、必須な文章を書く

・肉付けする

・推敲する
何度も時間を空けて見返し、少しずつ読みやすいように修正

 

◇面白いストーリー展開とは
起承転結、序破急←正直あまり固定観念的に持つべき構想術ではない気もする
個人的に起承転結じゃなくて、起→承→転→承→承→大転→大承→超承→超絶的結(中転を添えて)


良いと思われる物語の構成例
・目的を明確にし(徐々に明らかにするのもあり)、それに向かって物語を進める方針(王道の構成)
目的が明確であることで読者にその目的が達成されてほしいという願望が生まれるようになり(あるいはその目的の成就が阻まれることを臨む可能性がある)、その願望があることが、「願望の阻害による緊張感」や「願望の達成による満足感・感動」を生むための材料となる(詳しくは後に触れる)
物語の中盤や終盤に、それまでの目的と思っていたものと異なる真の目的があらわれる展開にすることも認められるが、できれば伏線を張ったりそれまでのストーリーと地続きの目的にするなどして、読者の感情が置いてけぼりにならないようにしたい
あるいは、小さな目的から始まったはずの物語が、徐々に、段階的に大きな目的をもつ物語へと変わるのもあり


・目的不明、行き当たりばったり、最後に全てつながる
目的が不明なまま、読者の興味関心を引く出来事を起こしながら展開されるストーリー展開は、物語の不明瞭さ自体が恐怖や不安を演出することに役立つかもしれない
しかし、最後には伏線回収により物語の各要素が一斉につながり全体の様相が明らかになるような、そういう感動体験を提供したほうがいいのではないかと思う
もし、最初から最後まで目的が不明で何がしたいのか分からない作品を作ったのであれば、基本的にはその作品は後味の悪い疑問ばかりを残すことになり、それが読書体験を損なう

とはいえあえてそのような作品を作ることも考えられないわけではないか、、、?


◇ストーリーの面白さを高める方法
・単調な展開を避ける
同じようなことの繰り返しのストーリーは飽きる
ストーリーが進行するにつれて話に変化をつけろ
今までにない強敵を出すなど

・テンポをよくする
つまらないパートを引き延ばさない
物語の過程の要所や、物語のラストには力を入れ、物語全体に対して過小な文量にしな


・「期待、緊張」「驚き、衝撃」によって退屈を防ぐ
「期待、緊張」や「驚き、衝撃」は退屈を防ぐための演出である
これらの演出方法は後の項目で詳しく触れる


・動静管理
感情の起伏が少ないパートを、過度に連続させない

逆に感情の起伏が激しいパートばかりにするのも避ける
感情の起伏の激しいパートばかりだと疲弊するし、感情の起伏が控えめなパートがあるからこそ要所の盛り上がりを強調することができる(騒音の中では大きな音も目立たない)

・大きな感情を生み出すために、徐々にその土壌を整える
より大きく感情を動かすのは終盤とし、それまでは読者の興味関心を引く展開を用意しつつも後の感情生成のための準備のための展開を作ることを重視するのがいいのかもしれない

大きな感情は突然には生まれない
大きな感情を生むためには、その前に読者の作品への没入感や、キャラクターへの愛着や共感を高める必要がある
それをしてから、作中の世界やキャラクターに対して、感情を揺り動かすための様々な事象を引き起こす

※短編では感心や衝撃を生むことはできるが、大きな感情を想起させることは至難の業である。短編で大きな感情を生みたければ、読み手に深く根差す経験が感情の土壌そのものとなるような作品を作らねばならないのかもしれない


◇戦略的にキャラクターへの愛着や共感を持たせる
読者が愛着心を持つキャラクターや共感することが容易なキャラクターを作れば、そのキャラクターを使って読者に感情を想起させることが容易になる
例えば、愛着のあるキャラクターが損なわれそうな場面を作れば読者は不安や緊張を感じるし、共感容易なキャラクターが幸せな場面を作れば読者も幸せになれる
なお、当然愛着を持たせる必要のないキャラクターも存在するし、あえて共感不能なキャラを作り知的好奇心や恐怖をあおるべき場面もある

・愛着の持たせ方
読者に特定のキャラクターに対する愛着を持たせるには、そのキャラクターの言動や特性を読者がより好むものにすると良い(完全ないい子ちゃんだと逆に好ましくなくなる可能性がある点には注意が必要。また、残虐な目にあうことを前提にしたキャラクターだと、そのキャラクターが酷い目にあっても可哀そうという気持ちは湧かないのかもしれない)
あるいは、読者自身に自己投影を積み重ねさせたキャラクターもまた愛着を生じさせる可能性がある。その自己投影とは特定のキャラクターを明確に自分自身と思うようなことではなく、特定のキャラクターに対して共感によって同一の感情を何度も感じるようなことである。何度も感情と経験を共にしたキャラクター(主人公等)は無自覚に自分自身であるかのように機能し、それゆえに愛着を持つようになる
★まあ自分が作品を作る際に主人公を共感しやすいキャラにするのは面倒で表現の幅を狭めるので、キャラクターに愛着を持たせたければ単に先述の読者層の多くに好まれる要素を多く持たせるという手法をメインに使った方がいいだろう

・共感の持たせ方
共感が容易なキャラクターは、自身の作品の読者層に近い思考回路や経験を有するキャラクターである(一時的に類似の思考回路を有させるだけでも、共感を呼び覚ますことは可能である。また、キャラが持つ思考回路が不快なものであれば、それが読者自身が持つものと類似するものであっても同族嫌悪とそれによる共感拒絶が発生する可能性がある点には注意が必要である)。
被虐待者は正しく描かれた被虐待者のキャラクターの嘆きに共感しやすいだろう

(★この共感の部分の説明は理屈が先行して実態をとらえていない気がするのであとで再分析したい。なんというかキャラクターに共感するときは、共感できる部分だけに共感するのであって、そのキャラクター自身が感じるもの全体に共感性を示せるようになるわけではない気がする←つまり共感による感情の想起は、キャラ自体の共感容易性の実現という手段ではなく、共感による感情想起が行えそうなタイミングが来る都度キャラクターに共感可能な思考展開を行わせるという手段によって行うのかもしれない。不愉快極まるキャラクターへの共感は困難であるため、キャラの共感容易性向上という手法が無に帰すわけではない可能性もあるが)


◇キャラの心理の不自然な急転換を避ける
だいたいの場合キャラクターの理由なき心情の急変には違和感が持たれる
キャラクターの心理の変化は段階的に描写するか、急変させる場合は納得できるだけの理由を用意する
もし分け合ってキャラの心理を急変させるのであれば、特別な理由がない限り後にその原因を明らかにする展開を設けた方が良いだろう


◇期待、緊張を生む
期待、緊張は作品への退屈を防ぐために必要となる演出である

・期待を持たせる
読者に、作中世界で特定の事象が起こってほしいという願望を持たせる
例えば、愛着あるキャラクターがいれば、そのキャラクターが目的を達成することや幸せになることを読者は望むようになる
あるいは、非道なキャラクターがいれば、そのキャラクターの打倒を望むようになる

・緊張を生む
読者が望むようになった展開や結末を、阻害する要因を出現させる
すると、読者は自分の望みがかなわない恐れを感じてハラハラするようになる
もしメタ的視点から最終的な勝利が確信できる状況であっても、話の主軸ではない願望要素については依然として損なうリスクがあるため、そこで緊張感を生むことができる


◇驚き、衝撃を生む
驚き、衝撃もまた作品への退屈を防ぐために必要となる演出である
驚きや衝撃を生むには、読者が持つ予想(ここでは単なる認識も含むこととする)を裏切る展開を用意することが考えられる

予想を裏切るためには、そもそもの読者が何らかの予想を持つ必要がある
その予想は意図的に誘導して作ることも考えられるが、読者が作品を読む前や作品を呼んでいる最中におのずと生じた予想を利用することも可能である

・無理に予想を裏切ろうとするな
予想を裏切ることを目的とするあまりつまらない展開にしてしまうぐらいならば、予想は裏切らない方がいい
予想を裏切ることができなかったとしても、別の要素によって作品の面白さを実現することは可能である
また、単に読者が無意識的に想定するよりもはるかに面白い内容にすれば、それはおのずと予想への裏切りとなる

※作品を深く考察することを楽しむ読者がいればその人が考える複数の展開の候補の全てをを裏切ることは容易ではなくなるが、その場合それを無理に乗り越えるよりも他の要素で作品の面白さを増した方がよいこともあるのである


・予想を悪い方向に裏切らない
例えばこの直後に盛り上がる展開が来ると読者が感じている場合、その後に来るのはそれが盛り下がるような展開ではなく予想以上に盛り上がる展開にすることが望ましい
仮に盛り下がる状態を作るとしたら、それは一時的な我慢によって後の盛り上がりを強化するために作るのであって(我慢の後の欲望の解放は一段と気持ちが良い)、盛り下がりの後にはその我慢が意味を持つような大きな盛り上がりを用意するべきである
むろん以上は意図的に不満足感喪失感等を演出したい場合は当てはまらない

なお、期待が満たされずそのまま十分に発散されることのない作品でも、何週もするのであればいずれ満たされない期待は勝手に消滅してそこは気にせず読めるようになる


・人は自ら労力をかけて見抜いた真実を間違っていると認識するのを避ける傾向がある
何故ならば、労力をかけて得たものが無に帰すと悲しくなるし、既に労力をかけているのだから新たに労力をかける気力までは残っていないからである
よって、読者が自ら嘘の真実を見抜くようにすれば、それが真実であるという強い予想を持つようになり、それを裏切ることで強い衝撃を与えることができる


◇没入感を高める
没入感を高めることは、読者の心理を作中世界の出来事によって左右させやすくするという利点がある
没入感を高めるには、
・面白い展開を持続させ、読者の意識を作中の世界のみに向けさせ、現実の世界を忘れさせるようにする
・身体感覚を想起させる文章を用いる(詳しくは後程解説する)
などの方法が使える

キャラクターの立場に立って考えないと解けない謎解きをさせることなども考えられるか、、、?そんなのあるかは知らないけど

 

◇冒頭でインパクトを与える?見る価値を感じさせる
コンテンツ過多である現代においては、まず冒頭で読者の気を引くことが必要である
冒頭でつまらないと判断されたら、すぐに他の作品に人は流れてしまうことになる
だが、そんなことをせずともある程度の規模の読者を得られる作品であれば、後から口コミで作品が広まることはあるのかもしれない

 

 

魅力的な文章の書き方

◇価値ある内容をちりばめる
・興味深い知見
・欲望や感情の想起をもたらす「状況、物質、景色」や「心理」の描写
これらを文章の中にちりばめる
文量制限がなく全体の良さを損なわないのであれば、物語と無関係なそれらを入れても問題ない

ゆくゆくは少ない文量で心を動かす手法の開発も行いたい


◇良い文章の特徴
良い作品を書くには、魅力的な内容(認識させる価値のある思想、心理、情景)を、魅力的な文章で表現することが必要である
そして、魅力的な文章であるための条件は、的確性、簡易性、芸術性が実現されていることである

的確性:
伝えるべき情報が伝わるようになっている

簡易性:
無意味な分かりづらさや冗長性の排除

芸術性:
文章が示すべきものを、より魅力的な表現によって示している
芸術性といったが、美を含まず単に面白味のある表現もここに含む

(新規性:
これは他と比べるとあまり意識しなくてもいいだろう。何故ならば、既にふれたとおり新規性は深い洞察を伴った執筆を行っていればおのずと生まれるからである。また、表現の新規性が薄い程度であれば、そんなに気にしない読者も多いはずである。ただ、今まで誰も見たことない凄い表現とかが多くあれば得られる感心感動は多くなる)


◇伝わる説明
・示すべき情報をちゃんと文章に含める
著者の中では明らかになっていてる情報も、文章にされていなければ読者には伝わらない。
・示すべきものは、読者にとって既知である概念や感覚を組み合わせて表現する。


・理想は文章の魅力や分かりやすさを損なわない範囲で、Xで140字制限内に長文をつぎ込むときのように説明をより短いものに置き換えること。そうすることで、同じ読書時間でより密度の高い読書経験をすることができる
(昔のようにコンテンツ量が少ない時代であれば、文量はかさましした方が喜ばれるまであるが、今はコンテンツ過多なので減らせるなら減らした方がいい気がする)
(だが、これをやるなら小説全体に対して行い、全体の文量のバランスを破壊しないようにするべき)
(この理想は書籍の完成度を高めるという視点での理想であって、作者(やその作者の次回作を強く求める読者)にとってそこまでの努力をしない方が、作者の他の活動(次回作の執筆含む)をする時間が増えて都合がよい)

 

◇芸術的表現とはどのようなものか、そういう表現の作り方
文章を書く際には、本来書く予定だった内容を書くことに加え、以下を意識した表現をするように努めると寄り魅力的な文を書くことができる
・ストーリーの内容を補強する要素(キャラクターの優しさ、状況の恐ろしさを連想させる要素など)の強調あるいは追加
・ストーリーとは無関係だが人の美意識、感情、感覚を刺激する要素の描写


これらを実現する方法
・作中世界や登場人物の、普通なら見落とされるような美や感情を見落とさずに描写する。それにより、読者がその場にいても意識しないであろうその場の魅力を意識させる


・作中世界に世界観的にあっておかしくない要素を明らかにしそのうちに魅力的な要素や作品世界の強調すべき側面を協調できる要素があれば、それをその場面に追加して描写する
例えば、他に誰もいない部屋で親しい人と話すシーン、そのキャラのやさしさを示したいと考えていたのであれば、窓から差し込む淡い光を描写してみてもいいだろう。別に外には雲が立ち込めていたり、強力すぎる日光が照り付けていたりしてもいいのだが、あえて淡い光が差し込む程度の日光にその場を調整するのだ
他には温かいそよ風、月の光などがその人のほほえみを撫でるような描写
淡い感覚、微笑み、撫でるという表現、いずれもやさしさを補強するのに適した表現だろう


・連想物を加味した語の選択
似たような意味を持つ語のいずれかを選択する時には、語によって連想されるものの差異を加味する
花、華←後者を選択すれば、華々しい様子まで連想させられる、、、みたいな感じ。むろん常に豪華な連想をさせればよいというものではない


・比喩
比喩によって、作中の事象を、よりイメージしやすい表現、より美しい表現によって示すことができる
(普段から自分の経験や身の回りのものを綺麗な表現で例える訓練したほうが良いかも
今アイスティーを飲みながらこの文章を書いているのだが、これは何かに例えられるのか。
男はやたらと神妙な面持ちで、琥珀色の飲み物を口に含む
いや気取りすぎか流石に?いや気取るとは別方向な感じがする
これが許されるかどうかは状況次第?何か特別なことがあった、あるいは平和な日常の輝かしさを増幅させたい場面ではありなのかも
単に綺麗なだけで場と無関係な比喩は良い比喩なのだろうか。だがそこにこだわると何もできなくなる気がする。ゲシュタルト崩壊著しく、あるいは消し去ったつもりの強迫神経症の残滓か

◇状況描写の際、没入感を増すためには肉体感覚を想起させる
読者の肉体感覚を文章を通じて想起させる(人は感覚を示す言葉を認識したとき、無意識的に実際にその感覚を身体に発生させるのである)と、読者は想像の世界の出来事を現実に近いものであるかのように感じ始める

その実現方法の一例としては、
何らかの精神描写を行う際に、それ自体の描写に加え、あるいはその比喩として、肉体感覚を刺激するような表現を使うことが考えられる
例えば、精神的にいっぱいいっぱいな感じを示したいのであれば、そのこと自体を文章化するのに加え、そのキャラが満腹な状態でまだ食べなくてはならないシーンを作り、そのときにもう食べられないという感覚になっていることを示すことで、精神的な感覚を身体的な感覚でもって補強することができる(過剰満腹感は精神的に限界がきているときの感覚と似ているため、それを示すことは精神的感覚の描写を深めることにつながるのである)
そして、そうやって身体的な感覚の描写まで行ったのであれば、読者はそれを読み自分自身の身体を使ってその感覚を連想するため、そのキャラクターと同じような感覚を明確に感じることになって作品の世界に入り込めるようになる


◇会話文主体時の芸術性
今自分が創っている作品は会話文主体の作品である。地の文はあるが割合的に少ない(ただでさえ会話で示すべき情報が多く、内心や地の文を増やす余地がない)
であれば、発言の方を綺麗にするほかないだろう
自分の作品のキャラはいずれも頭がいい、時折美的な発言をしてもおかしくない

だが、常にそうするような性格でもない点についてはどう対処するか
性格的に発言に美を含むことが困難なのだ(魔女は例外かもしれないが)

発言で触れる対象そのものを美的な要素を含むものにすれば、キャラクターが高い知能による分析に基づく発言をしたときそこに自ずと美を含めることができる


◇余韻とは
余韻とは、文章を読み終えたタイミングで発生する淡い感情のこと?
単純に明確な感情ばかりだと飽きるし疲れるので余韻という楽しみ方を混ぜることが時として必要になるということなのだろうか
普段とは別種の心地よい感情を得るための手段が余韻

・余韻は感動や悲しさの名残、あるいは話の後のことを考えたくなってしまうような演出により生まれる読後の物思い
・余韻を生むには、愛着の湧いたキャラクターが、大切なものを失った悲しみと最終的な敵を苦闘の果てに打ち破った達成感を抱えたまま、行方をくらますような演出をするのが良いのかもしれない(あるいはその変形、発展形の演出)
(だが、聞いた話によるとそういう演出がないからこそ得られる余韻を得る場合もあるらしい)

・あえて、読後何も生じないようにする演出が価値を有することもあり得る
・余韻のある作品は心に残るように思われるが、余韻そのものは作品が心に残る条件ではなく、心に残る作品が余韻を生じさせることもあるという可能性もある、、、かもしれない

 

◇同じ語の繰り返しを避ける?
対策
・代名詞を使う
・同じ語の別の表現を使う
・意味自体が違う文章を用いる
・諦めて繰り返しを受け入れる

案外違和感のない繰り返しもある
羅生門では連続で「勇気」という語が繰り返される部分があったが違和感はなし
思いのほか繰り返しは容認されるのかもしれない

 


◇各種技法の使用
文章表現には、比喩、擬人法、倒置法、体言止めなど様々な手法がある
これらはいずれ追記する文法に関する情報のまとめにて解説する

以下メモ
・比喩
あるものを別のものに例えて示す表現
「~のようだ」などの比喩であることを明示する語(比喩語)を使って行われる比喩を、直喩という
比喩語を使わずに行われる比喩を暗喩(隠喩)という
・擬人法
・擬音語、擬態語
・反復法
・対句
・倒置法
・体言止め
・誇張法
・反語
・省略法
・類比

 

 

○会話文、心の声、地の文の書き方
◇会話文
・思想先行による違和感を防ぐ
思想を描写することを優先するあまり、話の流れを不自然にしたりキャラクターにその性格と合致しない発言をさせたりしない


◇心の声
・普通に脳内の思考を示すために書く

◇地の文
・キャラクターの思考や発言という形式で示すと問題のある情報を示すのに使う


◇会話文、心の声、地の文を書く際に必要なもの
・「地の文」と「発言、心の声」を区別する
前者は客観的情報で、後者は登場人物が生み出すもの
・「発言、心の声」がどのキャラクターによるものであるのかを示す
・「発言」と「心の声」を区別する

 

○タイムスキップ、場面転換

◇場面の終了あるいは転換
自分はいつも似たような場面転換を行ってしまう
もうすこし多様な場面転換の手法を明らかにしておいた方がいい
・そこまでにあったことのまとめを行う←これで終わるイメージあんまりないし、内容の重複にならないか、、、?重複を防ぐため別視点からのまとめを行う
・主人公(視点キャラ)の心理を描写して終わる
・その後の出来事の流れを示す(次の話との重複をできるだけさける)

これらを使い分ける
更に、頑張って考えてまだ使ってないような表現を使う
そうやって場面の終了や転換の表現が同じようなものばかりになるのを防ぐ
結局力業か。効率化のためには(辞書丸暗記などを通して)語彙力を増やしたりたくさんの作品を読んで引き出しを増やす必要がある。いつも少し考えた後は、後の努力に丸投げする感じがあるが、実際そういうことが大切なのだから仕方がない。

◇タイムスキップ
・ストーリー上のある期間を年表で表してスキップ
・話が次に移るとき(章が切り替わるタイミングなど)で時間を飛ばし、次の話が開始するタイミングで時系列示しながら話を始める

 


執筆手順

自分が執筆計画に従い文章を書く際は、この手順とここまでに書かれた各種執筆手法を実行する


執筆手順の全体像

テーマ決定、設定、ストーリー全体のあらすじの決定

構成詳細化

執筆&肉付け
(心理描写、事実を広げていく)

推敲

 

テーマ、設定、あらすじの決定

◇この段階の基本的な流れ
・テーマ(or目的)の決定
作品の目的や、作品で表したいテーマを明らかにする
自分は現状特定のテーマというよりも目的を設定することが多い。次の作品では性的欲望の想起と真理探究の楽しさを得られる作品にする(ついでに感情を動かせるだけ動かす)ことが目的


・設定、ストーリー大筋の決定
設定やあらすじは、テーマやそのほか描きたいと思う要素を、より多く自然に入れられるようにする(政治ものなら、政治の話を展開しやすい舞台とキャラクターを用意する)

設定は、後のストーリーの執筆過程で不都合になれば改変する

 

◇注意点
・作品に無理に描きたいものをすべて入れようとはしない
描きたい要素を入れようとすると不自然になりそうなら、その要素を描くのを辞めるか、その要素を自然に入れられるように時間をかけて設定や根っこのストーリーそのものを修正する。

 


構成詳細化

実際に文章を書く前に以下を行う
・作品全体→部→章の順にあらすじを決める
・各章内の各話ごとに、そこで書くべき要素を明らかにし、明らかになった要素を適切な順番に並べる

とにかく事前に書きたいものをよく考えて決めてから書き始める
するとそんなに苦労せず文章を書ける

 

執筆&肉付け

◇この段階の基本的な流れ
まずはストーリーの展開上重大な文章、必須な文章を書く

その後、話のテンポや全体の文量を考慮し肉付けをする


◇肉付け手法
・肉付けは、感覚ではなく、拡散思考や深い洞察によって出された多数のアイデアを収束思考によってまとめることによって行う
・心理や状況の描写の強化、思想や知恵の追記によって文章量を増やす
・どうでもいい描写によって文章量を増やすのではなく、洞察により価値ある思想や感情の想起につながる描写を生み出しそれをくっつけるのが理想)
・やむを得ない場合は、必要性が低い「状況や心理についての描写」を増やすことで分量を確保

 

推敲

・推敲は完成度を高めたい作品ほど、長期にわたり継続的に行う
・推敲は、文章の執筆直後だけでなく、執筆後しばらく時間を空けてからも行うようにする
時間をあけることで「執筆中に発生した誤りを正当化する脳回路の忘却」や「情報が整理されて全体の見通しが良くなること」が起こり、正しく文章の問題点を見抜くことが容易になるから


◇推敲時に行うことの基本
問題修正
・誤字脱字修正
・表現や展開に違和感のある部分を修正
・ストーリー展開上の問題の修正
まだ出すべきでない情報が出ている部分は削除
大半の読者が気になるような疑問や矛盾は放置しない(他が良ければ少しなら放置は可能)

改善
・文章表現の洗練
既にかかれた文章をより簡易な表現、より魅力的な表現に置き換えられないか検討する
・文章や展開の削減と追記
余計な文章や展開を削除する
作品の魅力を高めるための文章や展開の追記

 

◇他者の力を借りた推敲
他者の力を借りて推敲を行えば、自分自身の凝り固まった考えを打ち砕きやすくなる
だが、非専門家に推敲を求めるのであれば、その方法まで教えた方がいいのかもしれない
・思いつく流れ
どこに違和感があるかを示すように伝える→ここと答えられる→その原因を分析し、その分析結果が正しいのかを聞く

他者による指摘は、単にその人自身の好みの問題であることもある
問題を指摘されそれが問題だと判断された理由を解明したときに、それが自分自身に問題がないように思われる問題であれば、修正しなくてもよいのかもしれない

ただ、自分の作品の公開対象となるような人たちに推敲を依頼した場合に、多くの人から共通して問題であると認識された事項があれば、それを改める必要は高いだろう

 

 

具体的表現手法、文章に関する気づき

感情のメカニズム

以下は現時点での分析


○感情メカニズム解析の必要性
感情を操作するにあたっては、感情への理解を深めることが必要である
感情の発生要因や感情が強まる要因を特定し、作品の内部にそれを含める
そうやって、読者の無意識的な認識を意識的に操作する
 

○現時点での感情関連の解析
◇欲から生じる感情
・怒り、悲しみ
これらは欲が満たされることが妨げられると生じる。闘争or逃走において闘争の時に怒り、逃走の時に悲しみといったところか
・喜び
欲が満たされると生じる。実際に満たされていなくとも、満たされる未来が予知されれば喜びは生まれる

◇何らかの身体感覚から生じる感情
・不安、恐怖
不安や恐怖は、痛みや深いな感覚があらわれた時(将来にそれがあらわれることが予知された場合にも連想の結果として身体にその感覚があらわれる)に生じる感情である

・安堵
不安や恐怖が和らげられたときに生じる

・嫌悪
嫌悪は怒りすなわち感覚に付随する身体的不快感に対して生じることもある
しかしこれらの位置づけが本当にこれでいいのかについては微妙なところである

◇予測から生じる
・驚き(予測が外れると生じる)

◇無感情
・無感情


○複合的感情/身体的感覚
嫉妬は実質的に怒りの一種
緊張は不安や恐怖の結果あらわれる身体反応(広義には欲の強まりによって生まれる身体のこわばりをも含むのかもしれない)であり感情ではない

そもそも感情とは?どういう基準で紐付けられた概念なのだろう。表情の変化が現れる内面反応が感情か??社会的動物としてその手の反応を特別視するのはおかしくない。何らかの身体反応が基準とはなっている気がする。欲や快感不快感が感情ではないのはどういうことか。


○逆の瞑想
瞑想を感情を落ち着けるための手法とするのであれば、逆の瞑想とは感情を荒げるための手法である
その手法は以下のとおりである

・精神状態を不安定にする
健全な方法:深夜の脳機能が弱まったタイミングを利用する、音楽等の演出
不健全な方法:酒、睡眠不足

・言葉でなぞる
感情は、感情を想起させるストーリーや要素を言葉によってなぞる(認識する)ことで生み出すことができる
他人の作品を読むことでそれを行うことが理想なのだが、自分自身で作った作品も時間を空けてから読むことで新鮮な気持ちで読むことができる
何故ならば、時間を空ければ自分の作ったものであれ忘却されるので、慣れによる認知の省略なしにそれを読めるからである

 

感情想起手法

以上の感情理論を踏まえて、各種感情を呼び覚ますための重要な技法を考えここにまとめたい


○恐怖
◇恐怖演出の手法の本質
・一次的恐怖
痛みや死のある事象の提示、あるいはその事象の発生可能性の提示
・二次的恐怖
一時的恐怖に間接的につながる問題、例えば貧困等の問題が生じるリスクを鮮明に、読者が自分事のように捉えられるように示す

ホラーゲームなら、でかい音で強引にプレイヤーの実際のリスクを生み出すことができる。

◇本能的恐怖を巻き起こすものの事例
苦痛
落下
背後から追われる感覚
未知、暗闇への恐怖←リスクの潜伏を否定できないから

 


○驚き
ストーリーの展開上で驚きを生じさせたいのであれば、読者の予想を実際のストーリーの流れや結末と異なる方向(差異がより大きな方向)となるように誘導したうえで、その予想を強固なものにする
だが、話をつまらなくしてまで予想を外させようとするな


○美とは(驚きの一種にしてもよかったかもしれないが、あえて別に項目を用意する)
人が何かを美しいと感じるとき、そこにあるのは驚きと喜びの感情なのではないかと思う。だが、驚きと喜びを同時に感じていればそれは直ちに美を感じているということにはならない

光と多様な色彩は分かりやすい美であるといえる
人は暗闇を恐れる、だから光に憧れる
多様な色彩→多様な刺激→賑やかさ


◇美を感じるもの
極められた技術
壮大なもの、自然、星空
規則に支配された複雑な事象

透明感は、美に加えて不純物がないという点での寂しさを演出する?
空は、更に解放感


性的文章構築(理論的解析)

○性的な要素を想起させる文章を描く
以下の観点から性的な興奮を高める
・物理(肉体、服装←視覚、触覚(+嗅覚?聴覚?味覚は流石に、、、)によって捉えられる要素)
・精神
・シチュエーション(精神に統合してもいい?)


◇物理的興奮度向上
・肉体
柔らかさ、なだらかでしっとりした肌、体温
形状美
このあたりを連想させる文章を書く
あるいは男性器側の快感の方を描写するのもありなのか
艶かしさとは

触れる、撫でるといった描写により、間接的に物質的性質を想像させることも考えられる

・服
露出度の高い服、体のラインが出る服
これが性的興奮を促進しうる要素

だが、これらが絶対の解というわけではないし、それ以外の服で興奮することもある
正直露出の高さは、露出のある絵が容易に得られる現代ではあまり性的な度合いが少ない気がする
露出による興奮には、背徳感や期待感が必要

嗅覚の刺激も考えられる(が正直分からん)


◇シチュエーション
興奮や快楽を増すには期待感や背徳感が重要(いや興奮と快楽を一緒くたにするべきではないのか?これも後から再分析)
あるいは癒しを求める心を重視するべき時もあるのかもしれない

・期待感
得たいという気持ちがあって、なおかつそれが得られるか得られないか分からない
そのような状態を作ることが性的な興奮を高めるし、後の快楽を増幅する
強い期待を生むには容易に得られないという希少性を持つものが得られそうになった状況が必要であり、いつでも得られるものにそれはない
裸体、露出は求めるものとならなければ興奮の対象とはならない


・背徳感(正確に言えば我慢)
★以下はまとめ方が甘いのでいずれ修正する

悪事かつ非常に魅力的な行為があるとする

それは、魅力的であるがゆえに惹かれ実行したいと思うが、悪事であるがゆえに実行することができない

その場合、行為を実行し満足することによって欲を忘却することはできない
また、行為の魅力が大きなことにより、他に意識を向けて忘れることも困難である

そのようにして欲を忘却できないが満たすこともできない状態があらわれると、欲は強く意識されることでより一層強まることになる

そうやって強い欲が生まれたタイミング
そこを狙って欲望を解放させると、強い快楽を獲得させることができる
強い欲ほど満たされたときの快楽が大きいのだ
そして、そのときの満足感と罪悪感の混じったものが背徳感の正体である
(つまり、背徳感は結果であり、快楽を高めるためには、背徳感そのものが必要というよりは、背徳感による興奮があったときの根っこにある欲の我慢による欲の強化が必要なのである)

★つまり、性的な快楽を強めるためには、最初に強い欲を発生させ、更に強力な理由を作りそれを満たすことを我慢させ、それにより更に欲を強めた後に欲を解放させる展開を用意させたらいいのだ
背徳感を味わうこともまた非日常感による鮮明な意識の植え付けという観点からありなのかもしれないが、それは快楽の上では必須ではない


・癒しを求める心
読者の疲労や精神的苦痛を文章によって当人に認識させる
そのうえでその疲れをいやしてくれるようなキャラクターを用意する
優しいキャラや明るいキャラが主にそれに該当する


各種手法

○嘘をつく方法
キャラクターに嘘をつかせる場合
・事実を明らかにする

・各キャラクターごとに、時系列準の認識と嘘を決定する

・無矛盾性を検証する→矛盾があれば修正
検証と修正は継続的に行う


嘘を暴露することによるどんでん返しは最低限にする
あまりに覆されるものが多すぎると理解が困難になる

 


細かい気づき

○狙った面白さ
人は狙った通りには感動してくれない
同じ人物でもそのときの精神状態でどんな作品に何を感じるのかが変わる
根本的に感情を生じさせ難い状態にある人がいるとき、そのひとの心を動かすことは基本的に不可能である

作品に面白い要素は入れる。もっと面白い要素を、もっと多く入れようとする
だが、それで心が動かない人がいるのは仕方がないことであり、無理にそれをどうにかしようとして歪んだ作品を作り出すのは良いことではない


○ロスとは
優れた作品を見終わった後には、喪失感に襲われることがある
これはそれまでは次のストーリーを読むことができるという願望を持ち実際にそれを満たすことができていたのが、続きのストーリーがなくなることで作品への感動を持ちつつももうその願望を満たすことはできないという悲しみが生まれるからである


○先駆者の作品の評価
新たな表現を打ち出した創作者の作品
後続が同じ表現をすることで、陳腐化?
だが無意味ではない?


有用な表現の保管場

ここにおいては、構成、知恵、感情の観点から、使えそうな表現(+アイデア)をまとめる


☆面白い構成、展開

・主人公や身近な存在が黒幕
・行動しても最初から無意味だった(最初から詰んでいた)
・主人公がしてることが逆効果だった


☆知恵
◇罪
・罪人を徹底的に追い込む風潮が、罪を犯した者が罪を認めることを阻害する
罪を認めた瞬間に受ける攻撃が大きすぎるから、認めるに認められない
・悪人(同情の余地あり)の恐怖と絶望。どんなに苦しい目にあっても、誰も助けてくれない、石を投げ続けられる。そんな人が取る選択とは?絶望して死ぬか、全てを押しのけて生きる覚悟をするか、理性でもって折り合いをつけながら生きていくか
・頭が悪い人は罪への向き合い方を考えることすら難しい。そうい人の方が罪を犯す確率が高いのだが。
・自身の不遇でもって自身の悪行を肯定したものが、他の自分以上に不遇な存在による悪行の被害者となる
・正義のためにやむを得ず行われた社会的悪事に巻き込まれ犠牲となった人が、社会によって仕方のないことだという理由でその悪行を肯定される。結果、その人は自分が善行に及ぶ理由を見失い、自身が社会に復讐するのもまた仕方のないことだとして悪行を肯定し行う。賢人はそれに対し、ただ粛々と説得と制裁による抑え込みを行おうとするのみであった。

・宗教的救い
罪人が、罪に対する罰を恐れる
絶対的な存在による赦しにより、絶対的な安堵を得る
その存在に感謝感激し信仰する
その信仰の取り消しは、赦しの消去、安堵の崩壊
だから、無理にでも絶対な存在の実在を信じる

・自分の悪事、罪でないと思い込む
だが、裁定者の目はごまかせない
裁くのは公平で絶対の裁定者、思い込みによるごまかしは通用しない


○愚
・怒りや憎しみが視野を狭めていく、正しさが怒りと浅慮の前に敗れ去る
・外界に興味を持たない人、外界との関りが希薄な人
ごく自然に、それがまるで当然のことであるかのように、自分自身やそれが属するごく小規模な集団が生み出した奇異な思考を正しいものだと信じ込んでいく
・洗脳漏れによって生まれた人、洗脳された人から洗脳してもらえなかったことを憐れまれる

・頭がいいが協力することを知らない集団。彼らは他者より少しでも優位に立つために潰し合う。だから集団として弱い
非合理的に見える他者への優しさによる協力が結局合理的。提供すれば提供される
自分が1の労力で提供するものは相手にとって1以上の価値。逆も然り(すなわち相互に1ずつ提供すれば、2ずつ受け取れたりする)
→出し抜き合う世界から協力し合う世界に転換するには?自分だけ力を貸しても取られるだけ
→ただで明け渡して問題ない範囲で無償の姿勢、あとは相手の態度に応じて変える
損して終わりの可能性はあるが、それを受け入れる覚悟が必要

 

◇その他
・本来の目と重なるようにして存在する第二の目を得て、一つの目だけでは見えぬものを見る

 

☆美、感動(喜びや驚きに含まれる可能性があったが、特別にこちらに独立させる)
○景観的美しさ
・流星
約束された勝利を示すつよい光を放つ星に向けて意志を持っているかのように見える軌道で流れる流星

・音に合わせて、背景がきり替わる
壮大な背景、あるいは今までの旅に現れた景色の背景


○心的美しさ
沈みゆくような死
強さと柔らかさを兼ね備えている
そこに、美そのものの死、あるいは美によってもたらされた死という要素が加わると、それは非常に美しく見える(つまり美少女を悪意や闇に沈めて殺そう!逆に聖母の慈悲によって穏やかな死を齎されるもあり)
むろん柔らかさではなく鋭さを交えることも可能(刃物で刺される死)
柔らかさは安堵の連想、鋭さは刺激性の連想
身体の奥深く、心臓に刺されば、自分事

○かっこよさ
屈強な漢たちが、傷だらけになりながらも、泥臭く前進し続ける感じ

 

○ふるまい

・闇、光にとける
海、空、夜、世界


☆欲/性

 


☆喜び

・長い旅の果て、始まりの地に戻る
空から戻る?上空より、雲の裂け目から徐々に故郷が見えてくる
単なる帰郷か、最終決戦への備えか

 

○笑い

 

☆悲しみ
・優しさ、助けたいという気持ち
苦しくても、一緒にいれば耐えられた
少ない幸せを、半分に分けて、とても幸せだった
それを失わないために、必死に頑張る
だが、弱さが救いを許さない
絶望、そして追い打ち
冬の雨が守るもののない身体を打ちつける
寒い、冷たい、痛い、心のほうがずっと

・全てから見放され物のように扱われる少女。救いは少女にぬくもりを提供する唯一の存在である小動物。寄り添われ、動物なりの慰めを受け取り、癒される。
その動物が殺害の危機。それだけは奪わないでほしい、何でもする、そういうが止めることはできない。少女は力で抑え込まれ何もできないまま、動物は痛めつけられたのちに殺される。少女はそれが失われることは絶対に受け入れられないと思ったままの状態で、目の前でそれを失った。消せるわけのない願望と動かすことのできない現実の食い違いが少女の胸を深く刺す。少女は一人ぼっちになった。
←もうちょっと表現を練るべきだが今はこれでいい

・支配からやっとの思いで逃れ自由を得た人
それを暗示する、しかしその人の経験とはまったく無関係に生まれた表現に、不意に触れて涙する

・大きな痛みに長い間支配された人、やっと平穏な暮らしを手に入れ、助けてくれた人による献身もあってふとした瞬間に幸せを自覚するときが来てしまう
それが、失ったものの大きさに気づくきっかけとなってしまった
自然と大粒の涙が、とめどなく流れてくる
もう長い間上げることを辞めていた泣き声を上げて泣く

本来なら可愛い笑顔を見せる子なのに、ずっと暗くつらそうな表情をしていた


・望んでもないのに担わされた役割
世界が拒絶を受け入れてくれない
苦しくても進むしかない
戦い慣れてない存在が、重たい武器を必死になって振るイメージ

・一番頑張った人が一番報われない系エンド
ある人は、本当に欲しいものをもう二度と手に入れられなくなった。ずっと求めていた幸福が、自身と完全に無縁のものとなってしまった。だがその人は立ち止まらなかった。大切な人が望んだことを、その人とした約束を、自分が実現しなくてはならない。そして、最後には成し遂げる。多くの苦難を乗り越え、多くの人と協力し、成し遂げる。同時に今まで前を向くことで意識の端にやっていた真の意味では報われないという現実を改めて突きつけられる。しかし、自分が助けた存在は幸福を得て、更に自分を助けた。結果、その人は満足のうちに死んだor生きる覚悟をして残された雑事をこなすためにまた旅に出るEnd。


☆怒り

 

☆恐怖、緊張
○不安
・か弱く愛しいもの
見ると、不安と好意の入り交じったものが湧きたつ
更に、それを保護した時の安堵まで予知される


○恐怖
・理解不能な人
理解できるように見える行動の組み合わせによって為される、あるいは理解できる行動の中に含まれる、理解できない行動
目的不明、少し離れた席に座って、ずっとこちらを見ている、何をするでもなくただ見ている。ちょっと◯◯をしただけなのに
気弱なので何か言葉をかけることもできない
立ち上がるとついてこないか怖くなる
→意を決して目を向けると、顔に見えるカバンでした。誰を殺したのか、人の顔がカバンに張り付けられていたのです

・恐怖演出事例
底しれぬもの、落下の恐怖
負の底知れなさだと恐怖に傾きやすいが、正の底知れなさが恐怖を招くこともある?(内部に秘める無限の成長可能性、優しく物語都合での闇に落ちることがありえないと断言したくなるほど優しい少年、しかし心のどこかで、その刃がこちら側に向く未来を考えてしまった)
見慣れぬもの、予想できぬもの、潜在的問題発生リスク
そして読者は作中世界の恐怖のはずが、無意識下でそれが現実の恐怖であることを、色濃く察知してしまう
それは突如起こる。突如背後に忍び寄っているものがあらわれた
来る、今来る、もう来る、その確率が時間の経過とともに高まっていく
本能的な、何かに追われる恐怖
刺すような冷気
首筋に触れ、たしかに食い込む牙
くすぐったいのは一瞬で、それはすぐに痛みへと変わった


○緊張
・緊張で味が分からなくなる
痺れ、テレビの砂嵐
・緊張で手が震え、作業がなかなか先に進まない
・緊張で無意識的に歩き回る、身体を動かす

・足音の加速による、鼓動の加速と緊張の暗示
メイドインアビスのボンドルドの歩行の音が、鼓動の加速を暗示していた
当然足音以外を使うことも考えられる

 


☆嫌悪
・汚物
やむを得ず座り込み、それを指で刺激してみる
すると、ぶよぶよとした外殻と外皮の中間である何かはあっさりと崩れ、中からドロっとしたものが流れる
身体は異常に反応し、ヘビに睨まれたカエルのように固くなる
目の前の物体には脆い半固形物が含まれるのが見える
よく観察すると毛のようなものが数本生えている
酷い悪臭、微かな刺激臭
黒ずんだ血と煮解かれた脳が絡み合ったかのような色
空気と反応したのか泡が立ち上がる
やがてそれははじけ、飛沫が動けずにいる自分の口に、上唇と下唇を跨ぐようにして付着した
しばらくすると指先と唇にじんわりと焼けるような痛み
痛みは徐々に強まる

その後、目の前のそれが突如蠢き出す?
なんとそれは粘体生物の卵だったのだ
それはこちらの足から這い上がってくる
自分の身体の穴という穴は汚され、焼かれる 
飛沫の一つ一つが動く?本体から遠く離れるとしばらく活動したあとは痙攣し動かなくなる


・罪や辱めによる汚れよりも、ずっと根源的で取り返しのつかない汚れが、自身という存在を汚染する

 

☆驚き

 


☆身体感覚

○痛み
けつなあな確定高質化ブレード

 

各作品分析

☆金閣寺
○率直な感想
・文章の美しさ
文章の美しさがある、そこに大きな価値
巧みな言い回しにより、状況や心理が鮮明に浮かび上がるだけでなく、読者が通常は意識しないものを意識させることに成功しているように思える
見慣れない漢字の使用が多かったが、それはなんかかっこいい。そもそも漢字は見た目が機能的なかっこよさがあり、規則性を帯びた多様性ある形状が興味深さをももたらすのだ。
・ストーリーについて
ストーリーは異常な精神と思考を持つ者の内心(現実的であるかは問われない)を垣間見ることができるという点で興味深さがあるが、大衆向け作品を鑑賞した場合ような激しい感情の想起は、少なくとも自分の内には起こらなかった


自分がそっくりそのまま本作品のような情景や心理の「多様な語彙や幻想的表現を用いた緻密な描写」を自分の作品で行うことは妥当ではない
日本文学としての魅力にこだわるのであればそれもよいが、自分自身そのようなこだわりはない
また、自分の作品の読者層もそういった難解な描写を求めない

自分の作品にはこの表現力の一部を取り込む程度が理想だろう


◇自分が十分に察知しえなかったもの
思想的なものは理解できたとは言えないだろう

・思想を読み取れなかった要因と対策
読書慣れしている者や頭の回転速度の高いものであれば、読んでいる最中に気づけたのかもしれないが、そうでない自分に同じことはできない
だが、二週目を読んだり、もっと考察しながら読むようにしたり、他者による論評や時代背景の解説を確認したりすれば、自分でも思想を読み取ることができるはずだ

正直読むべき作品はたくさんあるため、自分で考察して内容を理解しようとするのはほどほどにしたほうがいいだろう
二週目の読書はまあありだが、解析は他人の力を借りるのを中心とする

 


○話の流れとそれに準拠した解析まとめ
(著作権に明るくないため念のため省略)

★以下は記事では公開するな


○内容分析
()内は他者の解析
◇第一章
主人公の内気な人間性
有為子、父の死
(有為子の死で、美が破壊されることの美を知る?)

◇第二章
寺へ預けられそこで生活
空襲によって燃えよ金閣寺
(徴兵によって死ぬ自己と金閣寺の一体化を望んだらしい)

◇第三章
終戦、金閣寺燃えず、失望
米兵の指示で女を踏む
(自身にも悪事を働けることを自覚したらしい)

◇第四章
女は流産した、その罪が寺に報告
だが和尚が今のところはその報告の事実を主人公に隠している

確かここで柏木と会い、認識が世界を変えるという考えを知り、感心する

◇第五章
柏木と女二人と出かける、金閣寺があらわれ行為に及べない
鶴何とかの死、孤独になる

金閣寺に嵐の晩見張りとして止まる
金閣が壊れることを望む


◇第六章
以前の章で出てきた生け花?の師匠があらわれる
柏木がそれを攻撃し、更にその人が去った後に溝口に慰めて行為に及ぶことを促す
だが、また金閣寺によって行為を阻まれる


◇第七章
老師からの失望、後継にする気がないと言われる
出奔し、突如金閣寺を焼かねばと思う


◇第八章
寺から逃げる


◇第九章
放逐を願う
老師から受け取った金を娼婦に使う
後戻りできなくした


◇第十章
金閣を焼く
ここにきて初めて現実の金閣の美しさを知る?
最後は一緒に焼かれて死のうとする
だが最後の場所に行こうとすると扉を開けられず拒まれてると感じる
逃げて生きようとする

 


○考察
◇三島が金閣寺で為そうとされたと考えられること(他人の解説を踏まえた考察)
・美の探究
過程で認識と行動にも触れる?
・日本文学の確立
三島は、日本語の表現力を引き出し、日本の伝統的な美意識を提示した
(明治維新の頃から続く西洋の優越思想への抵抗意識が、三島に限らず戦前生まれの作家に日本文学というものの確立を重視させた)

金閣寺という小説は、金閣寺を通して上記の目的を達成するために書かれたもの
金閣寺そのものを主眼に置いた作品ではない


◇三島由紀夫の精神解析、金閣寺という書籍の使い道
三島は美にとらわれ、美を日本という国家やその伝統に求めた
三島は美以外について視野を狭め、その結果として最後に自衛隊に乗り込み自害するという極端な選択をしたのかもしれない

これは外れ値であるが、近しい値のものは人類社会において恒常的に発生する
その視野の狭さが、世界を誤った方向に導くことのないように何らかの対策が必要かもしれない
そして、対策するには対策対象のことへの理解を深めるべきであり、その手段としてこの本は使える可能性がある
だが、日本固有のものを重視したものであれば、日本以外では通用しない恐れ)
この本に使い道があるとすれば、それは政治的問題の解決手段というたいそうなものではなく、美にとらわれしものの心理の解析の手段としてなのかもしれない

だが、そのような手段としてこの書籍を解析するとして、具体的に何を学べる?
正直自分がこの本から何か得るならば、それはこの本の内容から直接得るのではなく、この本について自分自身で考えることで得ることになる
つまりまたしても自力の洞察こそが自分に発見をもたらすのである


◇金閣寺から読み取れる美の思想
時間ないしあんま興味ないので分析省略

 

○小説の分析という行為について
◇分析手法
・分析する際は、書かれている情報をまとめながら読む

・分析対象
実際に書かれていることの正確な内容(展開、思想)
著者の意図
著者が使用した技術(表現手法)
作品の時代背景、作品が社会にもたらした影響

これら以外に何かあるのか?
著者すらしらないことを読み解く意味
作品の楽しみ方

 

◇分析のメリット
・分析という行為自体が楽しい、分析した結果を周りに説明するのが楽しい
まあ自分自身は、小説の分析による楽しみなどは、必要最低限の分析におのずと付随するものだけでよいと思う。自分の場合、分析という行為は小説よりも世界そのものに対して行いたいからである。
また、自分にも自身の知識を披露したいという願望はあるのだが、作品に関する分析を披露することにはさほど興味はない。これはそもそも他人の作品というものに興味がなく、その分析をしたとして結果が悪くなることを無意識的に自覚しているからだろうか。

・分析したものはどのように活かす?
単に分析して明らかになった事実に感心する以外には、当然自分自身の作品に使えないかを考えるべき
分析結果に有意義な思想があるならば、それを記憶あるいは記録する(まあインパクトが強ければ忘れないだろうし、意図的に情報を保管しようとせず脳の偶然の記憶に任せるのも一般的な読者にとっては悪くない選択肢か)

 

◇作品の解釈について
正解の解釈はあるのだろうか
・少なくとも、内容から明らかに読み取れるものを読み外している解析は、正しく解析してる人に的外れなものだと思われるだろう
正直自分がそういう解析をしてしまわない自信はない。

・作品や作者の発言などからは読み取れない情報を仮に想定して行われる分析は、証明できずあくまでその可能性があるだとかその可能性が高いだとかそういう結論を出すことしかできないのか。だとして、その解析はどのような意味を持つのだろう。単に解析自体が面白いということでいいのかもしれないし、その解析の結果から偶然に何か発見が生まれることがあるということでもいいのかもしれない