世界の基礎+α

世界の平和を実現するための方法を考えます

人道主義者の攻撃性あるいは排他性

この記事は書籍「世界の基礎」の一部です。

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人々の中には常に自身の方が相手よりも優れた道徳を持っているかのように見せかけようとするものがいる。そして、そのような人間は自身の非を指摘されるとそれを認めたくないがあまりに今度は相手の人格を攻撃し始めるのである。道徳に限らず何かについて誰かと話すときには、あくまで自身を相手と対等あるいは相手より低い立場において話したほうが良い。

道徳について仮に自身が相手よりも良いと思われる考えを持っていたのだとしても、相手を自身より劣った人間として馬鹿にしてはならない。そのような場合はその考えを対話によって相手に伝えればいいだけであり、相手をわざわざ見下す必要はない。真に優れた道徳は、それを用いて相手を見下すような人ではなくそれについての対話を地道に継続できるような人に宿る。

・非道徳的に見える発言について
一見すると道徳に反するかのように見える主張であっても、それを安易に切り捨てるようなことは避けなくてはならない。それらは他者に害を与えることを目的としてなされたとは限らないし、ときにはそこに配慮すべき不満や実際に対策が必要である問題の指摘が含まれていることもある。自身の外面を綺麗に見せかけたり困難な利害の調整を避けるために、それらの主張を無視することは控えるべきである。

・寛容について
社会に自由と余裕をもたらすために寛容の精神を肯定しようとする場合、不寛容に対しても寛容でなくてはならないかのように思われる。しかし不寛容に対しては不寛容と但し書きをすることにより、寛容を肯定しながら矛盾せずに不寛容を拒否することができる。とはいえ、不寛容に対しては不寛容と言い切ってしまうのは過激な思想を生み出すもとになってしまうかもしれない。従って私は不寛容に対しては制限付きの寛容ぐらいの認識でちょうどいいのではないかと考える。

 

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