世界の基礎+α

世界の平和を実現するための方法を考えます

世界の民主化と合意の積み重ねによる世界平和

この記事は書籍「世界の基礎」の一部です。

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民主的平和論

民主的平和論とは民主国家同士は戦争しない傾向にあると主張する理論である。私は民主国家自体が平和的な性格を持つとまでは考えていないが、その理論については正しいものとして捉えている。その理由は以下のとおりである。

・国際的な経験則

歴史的な事実として民主国家同士が戦争したと明確に言える例は見当たらない(あるいはほぼ見当たらない)。民主国家同士の戦争として挙げられる例はわずかであり、それらについても私が調べた限りでは民主制であることが疑われる理由が専門家などにより挙げられているようである。

・個人的な経験則

私が民主的平和論を支持するのは自らの経験によるところが大きい。私は民主国家である日本の住人だが、現在軍事的脅威を感じる国家は北朝鮮、中国、ロシアでありそれらはいずれも独裁的である。そして逆にかつて日本と戦争したこともある西洋諸国やアメリカに対しては現時点では安全保障上の脅威を感じず、それらはいずれも民主国家である。

また、日本は同じく民主国家である韓国とは仲が悪く領土問題も抱えているが、その二国の間で戦争が起こることもまずありえないだろう。今領土問題の原因となっている島である竹島(朝鮮半島での名称は独島)は韓国政府に実効支配された状態にあるが、日本が武力でそれを取り戻そうとすることは経済制裁による日本社会の破綻を招くためありえない。そして、インターネット上の一部にこそ過激な言論が存在するが一般の日本人は武力でそれを取り返そうとするほど暴力的ではない。

以上の経験から私は民主的平和論を実感のある形で肯定している。

・民主国家に対する非暴力的統制の効果の高さ

私は民主的平和論が機能する一番大きな客観的理由としては「民主国家の国際的な経済制裁に対する弱さ」があげられると考えている。独裁国家では世界から経済制裁を受けたとしても政治を決める権限を持つ独裁者やその付近の者の生活水準を維持することは比較的容易である。しかし、民主国家が経済制裁を課せられた場合政治を決める権限を持つ市民の生活水準を維持することは、その数が膨大であることから困難である。従って、経済制裁の影響を強く受ける民衆が権力を握る民主国家に対しては、経済制裁を課すことで容易に行動を変更させられるのであり、政治の代表者の集団(与党)も他国を侵略すると経済的失敗により自らの支持を失うことが読めている(※官僚や国際社会あるいは民間の専門家から嫌でも経済制裁の影響は分からされる)ためわざわざ他国を侵略するようなことはしないのである。以上のことから世界の国家が全て民主国家であるとき、他国を侵略した場合にその国に経済制裁を課すための国際的な体制を構築すれば戦争をほとんど確実に根絶することができるといえる。

補足1:民主国家では、自らの身を守るために明らかに必要であれば経済制裁に耐えることが可能だが、領土拡張によって優越感を得るために経済制裁に耐えることは困難である。何故ならば優越感のために自らの生活を犠牲できるような人間はそう多くないからである(※人は本能的に利益の獲得より損失の回避を重視する。これは損失回避バイアスと呼ばれる性質である)。また、民主国家では言論の自由が確保されていることから独裁国家よりも政府が民衆を騙して戦争に大義名分があるかのように見せかけることは難しい。

補足2:政治の代表者が少数でその任期が固定されている場合、国益と再選の双方を重視しない極端な者のみで政権が構成されることが現実的な確率で起こるようになり更にはその人が任期中に辞めさせられることもないことから、為政者が経済制裁を気にせず侵略を巻き起こす可能性が高まる恐れがある。これはつまり、少数の人間が政治権力を独占し、その外部の民衆あるいは民衆の代表がそれを任期中に辞めさせることのできない民主国家においては、経済制裁による侵略の事前的抑止効果は減少するということである(※選挙が定期的に開催されている限り事後的抑止効果は存在する)。

補足3:日本で北朝鮮のように経済制裁を無視して核開発を行うような為政者が現れれば選挙を経てその人は別の人物に置き換えられるようになるだろう。

 

・民主的規範

民主国家においては対話による問題の解決が重んじられており、相手が武力を用いて自身の主張を押し通そうとするのでもない限りはこちらが武力を用いて相手を従えることは誤っているとする規範が生まれることになる。従って、民主国家は同じように対話で解決することを試みる国家に対しては武力を積極的に用いようとはしない。ただし民主制を採用する地域であっても、何らかの事情でそこに住む人々の民主主義への理解が浅い場合には対話の精神が軽視される可能性があるかもしれない点には注意が必要である。

・疑心暗鬼による戦争の抑止

民主国家では政府の動きを民衆の考えから予測することから容易であり、更には政府の情報公開が独裁国家より広範に行われていることから、民主国家が不意打ちで他国に攻撃を仕掛けることは困難である。従って民主国家は他国から不意打ちを恐れての先制攻撃を受ける可能性が低い。そして、民主国家同士では双方がお互いに対してそのように不信感による戦争を起こすことがなくなるため、その分戦争が起きる可能性は低くなる。

・独裁者の私利私欲による戦争の抑止

私はかつての西洋諸国が女性の参政権がないことから完全であるとは言えないとはいえ一応民主国家であるにもかかわらず世界の他の国を植民地支配したことなどから、念のため冒頭では「民主国家自体が平和的な性格を持つとまでは考えていない」との断りを入れることにした。しかし、実のところ民主国家はいくらか戦争に抑制的な側面を持っていてもおかしくないように思われる。何故ならば民主国家では戦争で命を落とす恐れのある人間やその家族が投票権を持つのであり、それらの人々は安易には戦争を支持しないからである。つまり、民主国家は依然として自らの国への攻撃に対する報復感情や自らの安全が脅かされているという恐怖感から過度に積極的に戦争を引き起こす可能性があるが、為政者の私利私欲による戦争については起き難くなっている分独裁国家よりは戦争を起こす可能性が小さくなっていてもおかしくはないということである。

 

私は以上のことから世界の平和を実現するためには世界の国々が民主化することが必要であると主張する。ただし、民主国家間でも戦争が起きる可能性は全くないわけではないので戦争を肯定させないための教育は根強く行っていかなくてはならない。民主化と平和的思想の普及の双方が実現されたときはじめて戦争は根絶されることになるだろう。

 

国家間の合意の積み重ね

世界の平和を実現するためには、世界各国が民主化することに加え、それらの国の間で世界の平和の実現及び維持のために必要な合意や条約の締結を増やしていくことも大切である。そして、その過程においては次のことが目指されるべきである。

・核やその他大量破壊兵器の適切な管理

・格差、貧困への対策(国際的協力による税逃れの阻止等が考えられるかもしれない)

・パンデミック下におけるさらなる協力

・環境問題への対処

・国連などの世界的組織の改革

・国際紛争が非暴力で解決できるようにするためにさらなるルールの整備

・その他あらゆる世界的問題の解決

圧倒的な力を持つ国はそうでない国と比べると国際社会を無視して行動することが容易である。従って、以上の方法で世界を良くしようとする際には大国は自制することを覚えなくてはならない。また、もしそれらの国が力によって横暴を働くのであれば、それ以外の国々が連携してそれを抑止しなくてはならない。


◇世界連邦について

中には世界連邦というものを提唱する人もいる。アルバート・アインシュタイン、バートランド・ラッセル、湯川秀樹などが生前に世界連邦を推奨しいる。だが私は現時点ではこれに賛同できないし、少なくとも私が生きている間にこれが実現することはないだろうと思っている。何故ならばまだ人々の間の対立が大きい現在にそれを推し進めようとすれば逆に世界は分断され、多くの悲劇を生むことになるからである。従って仮にそれを実現するのであれば、それは世界の大多数の人間が心からそれを支持するようになってからにするべきである。そしてもしそれを実現する未来が訪れるのであれば、その時はやはり独裁に気をつけなくてはならない。一部の人間が自分の思うがままに世界を動かせるような状態にしてはならない。

 

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