世界の基礎+α

世界の平和を実現するための方法を考えます

相対主義によって善悪がなくなることはない

この記事は書籍「世界の基礎」の一部です。

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世界に絶対に正しいといえる価値観が一つも存在しないのだとすれば、人を殺してはいけないという価値観も絶対に正しいとは言えないことになる。しかしそれが原因で我々の社会で人を自由に殺すことが認められるようになることはない。

もし仮に人殺しを悪とする価値観がない環境に人々が置かれたとしよう。この場合、人殺しが悪とされる社会と比較すると、人々は他者に殺される可能性が高い状態にあるといえる。しかしこのときの人々も当然死を回避したいと思う気持ちを持っているので、人殺しの認められない社会になった方が都合がいいと考えるはずである。その結果、人々は相手に人殺しを悪と認めるように促すと同時に相手にそれに納得してもらうためにも自身が人を殺すことについても悪であると認めるようになるのである。この際にその価値観が世界の真理として正しいかどうかなど関係はない。仮に人殺しが悪くないという価値観が絶対的なものではないのだとしても、人々はお互いが死なないようにするために人殺しが悪いという価値観を相互に支持するようになるのである。

このようにして、人々は絶対に正しいといえる価値観がない状況においても必然的に善悪の価値観を作り出してそれを支持しはじめることになる。従って我々は絶対的価値観がない状態においても道徳が全くない世界になることを危惧する必要はない。

・善悪に基づいた法や制度の形成
人々はお互いに同じ種族であるので、多くの共通の性質を持っている。そして共通の性質を持っているがゆえに、多くの共通の善悪を持つようになるのである(※ただし、時代や人々を取り囲む状況の変化によって人々が共通して持つ価値観には変遷が生じる。だからこそ変えてはならない道徳的価値観に対してはそれを変えないための努力をする必要がある。)。そして人々が同じ善悪を持つようにあった後には、必要に応じてその価値観に基づいた理想を実現するための制度が作られることになる。例えば、多くの人が共通として善と見なす行いは社会的に推奨され、場合によってはそれは社会保障などの制度により実現が目指されるようになる。また、多くの人々が共通して悪と見なす行いは社会的に批判され、その悪の程度がある閾値(しきいち)を超えるとそれを禁止する法が作られるようになる。

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