この記事は書籍「世界の基礎」の一部です。
発生した暴走への対処(事後的手法)
私は権力を持つ機関が暴走した場合の対応策としては主に以下の二つがあると考えている。
・対象機関の解体
・対象機関の行動の停止あるいは無効化
政治権力を三つに分割する権力分立体制において、もし各権力機関が「他二つの権力機関の双方を直ちに全面的に解体あるいは停止できる権限」を持つのであれば、それは一番最初にその抑止権を行使した機関が一方的に政治を支配することが可能であることを意味する。そして、そのような体制ではいずれかの権力機関が突如として権力を濫用し始めた場合に他機関がそれを抑止することは不可能であり、実質的に権力分立が機能していない状態といえる。従って、権力分立体制を有効に機能させる場合には、各機関が他権力機関のそれぞれに対してその解体やその権限の停止を部分的にしか行えないようにする(自機関への抑止権への抑止を不可能あるいは限定的にすることが考えられる)か、他機関に対して全面的な解体や停止を行えるようにする場合にはそれらの抑止権の行使の決定から実際にその権限が効果を持つまでの間に一定の猶予が存在するようにし(つまり抑止権を即効発動型から遅延発動型にする)、その抑止を受けた機関がその効果が現れるまでの間に抑止をし返せるようにすることが好ましい。ただし、総合的に見て十分に権力分立が機能している場合には、ある機関が他機関のうちの一つに対して無条件に全面的にそれを解体あるいは停止することを認めても良いのかもしれない(分立する権力数が三権より多い場合はなおさらそれが認められやすくなると思われる)。
濫用されると急速に甚大な被害が人々に生じるような政治権力については、外部機関が必要に応じてそれを直ちに停止あるいは強力な制限をかけることができるようにした方が良い。もしそのような権力に対しての抑止が即効性のあるものでないのであれば、権力の濫用が発生してから抑止の効果が表れるまでの間に大きな被害が生じることとなるだろう。逆に濫用されてから大きな被害に繋がるまでの間に十分な時間的猶予のある権力については、それへの抑止は直ちに行われるわけでなくともよい。
ある権力機関が自身の抑止権を他機関の抑止権に対して用いることはそれが適切である場合には認められる。例えば日本においては、内閣が司法の人員を十分に不適切な方法で選任した場合には国会が不信任決議を行うことが認められるだろう。しかしそのようなことを認めるのであればなおさら各機関が他権力機関からの抑止を自らの抑止権によって完全に無効化できるような状態にすることのないように注意しなくてはならない。
・解体と再構築、引継ぎの過程
対象機関を解体する形式の権力抑制権については、それを行使した場合必然的に解体された機関の再構築の過程が必要となる。そして、ある機関が解体されてからそれが再構築されるまでの間に時間が存在する場合は、その間にはその組織が任されていた業務やその組織がもっていた抑制権の行使は停止されることとなる。しかし当然それらの政治上の業務の中には行われない時期があってはならないものが存在し、そのような業務を担う機関を解体する場合には「解体のタイミングを機関の再構築と同時にする(ある機関の解体の決定後も再構築が成されるまでの間はそれに最低限の業務を継続させる)」「機関を複数に分割しその一部のみに解体を限定する(立法府を上院と下院に分け、解体を下院に限定することで立法府の完全な機能停止を防止する)」「機関の解体後再構築が行われるまでの期間はその業務を他機関に委任する」等の手段によってその業務が停止されることのないようにする必要がある。
暴走の予防(事前的手法)
・抑止対象機関の内情策定による暴走の予防
他機関を構成する人員の任命権を持つ機関は、その権限を行使する際に誤った行為を行う可能性の低い者を選ぶことで対象となる機関の暴走を防ぐことができる。他機関の持つ力の内容を決定する権限を持つ機関は、対象が持つ力を限定的なものにすることでその暴走の規模を小さくすることができる。事前的な抑制の手段としては他には規則を制定する権限を持つことなどが考えられる。
調査権と情報開示
各権力間の抑制を十分に機能させるには、それぞれの機関が他機関の暴走を十分に検知できるようにするべきである。そのためには各機関が十分に他機関への調査や監視を行う権限を持ち、同時にそれらは自ら十分な情報開示責任を負うべきである(政治においてやむを得ず情報を秘匿しなくてはならない場合もあるが、それが認められるのはあらかじめ定められた条件を十分に満たした場合に限られる)。もし現時点で各機関が相互監視能力が不十分であるのならば速やかにそれを改善しなくてはならない。
抑制権に実際的効力を持たせる方法
各機関が武力を持ち、お互いにそれを用いることで他機関を抑制するというやり方では、権力の抑制のたびに血が流れることとなるだろう。平和的に権力抑制を行うためにもその手段としては基本的に武力の行使以外のものを用いるべきであり、やむを得ずそれを用いなくてはならない場合があるのだとしてもそれは最小限に留めなくてはならない。
・平和的抑制の手法
政権の実行部隊を何らかの手段(教育や人事権の行使、法に依る強制等)を用いて正当な機関や命令には従うが不当なそれらには従わない状態に保つことで、ある政治権力機関が正当な手続きによって対象を解体したり対象の行動を停止したりする抑止権を行使した場合にそれが平和的に効力を発揮するようにできる(更にはそれが民主政府に逆らわないようにすることもできる)。
議院内閣制において内閣(国会によって選ばれた首相とその他複数名の大臣から成る行政権の運用者)が総辞職しなければならない状態となったにも関わらず権力を握り続けようとする場合、国会が次の首相を選任しその人によって組織された新たな内閣の指示に基づいて官僚、軍、警察、その他公務員が動き始めることで強制的かつ平和的に権力の委譲を行うことができる。しかしここで、総辞職をせずに政権につき続ける者にそれらの公務員が従い続けるとどうなるだろう。このとき手続きの上では権限を失ったはずの首相が実質的に権力を握り続けることとなるのである。このような事態を防ぐためにも、政策を実行するための組織や機関を作る際には、その構成員を十分に高い民主規範を備えた状態に保つための仕組みを用意するべきである。そうすれば、その組織が正当な手続きを無視して権力を行使しようとする者に従うことを阻止することができる。
また、政治権力を握る機関の内の一つが政策の実行部隊への統制を無制限に行えるようにすることは避けるべきである。そのようなことをすれば、その機関が自在にそれらの部隊の思想を非民主的なものに置き換えることができるようになるからである。例えば、政治権力の実行部隊となる組織の人事権(任命権や解任権等から成る)を、分立された各政治権力の内の一つ(議院内閣制においてはとりわけ行政権)に対して無制限に認めることは避けたほうが良いだろう。なぜならばそのようなことを認めると、人事権を握った機関が不意打ち的にそれらの組織の人間を自らに都合の良いように置き換えることで、その組織を憲法等に定められた正当な手続きを無視して自身に従うものにすることができるようになるからである。
<<前の記事|一覧|次の記事>>