世界の基礎+α

世界の平和を実現するための方法を考えます

瞑想の種類とやり方、そしてその必要性

この記事は書籍「世界の基礎」の一部です。

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私は一応軽くではあるが瞑想について調査及び考察を行って、いくらか分かったことがあるのでそれについてここに紹介しておく。しかし私は正直なところ瞑想についても十分に詳しくない。私は今まで瞑想をしたことがあまりないからである。また、私が持つ脳科学の知見も大したものではない。従ってこれから私が行う瞑想に関する説明は検証不足であり全く的外れなものである可能性もそれなりにある。どのような瞑想がいいのかを本当に知りたければ、仏教や心理学についてこれもまた自力で調べて把握してほしい。

瞑想には二種類の瞑想がある。第一の瞑想は思考の発生を抑えるための瞑想である。この瞑想は思考を消そうとする瞑想である。しかしほとんどの人にとっていきなりただ思考を消そうとするのは難しいので、とりあえず呼吸などの特定のものに集中することで他の思考を消すようにすればいいのではないかと思う。そして途中で余計な思考が湧いた場合はそれを追わず(それについてあれこれ考えずに)にまた集中するべきものに集中すれば良い。途中で何度失敗しても気にする必要はない。ある程度の時間ただそのように瞑想を続ければ、瞑想後しばらくの間余計な分別を生じさせない傾向を脳に生じさせることができる。

第二の瞑想は情念(ここでは快不快、欲、感情などを意味する)の発生を抑えるための瞑想である。私はこの瞑想を行う時には今自身に起きていることを次から次へと言葉で説明するという方法を用いている。そしてその中でもし自身に何らかの情念が発生した場合は、その情念に囚われてそれを感じ続けるようなことはせずに何故その情念が湧いたのかをただ言葉で分析しすることにしている。このような瞑想を行うと、脳に情念抜きに理性のみでもって世界を分析する癖がつき、その後しばらくの間は世界を冷静に見ることができるようになるのである。

これらの瞑想する際は途中で自身の注意がそれることを防ぐために、あらかじめ自身の周りから余計なものを取り除いておいた方がいい。しかし、それができない場合は無理に環境を整えようとせずに、いつでも気が向いたタイミングで瞑想をするという方針をとることもできる。瞑想は目を閉じずともできることであり、仕事中のふとした間時間にもできることである。安全を確保しているのであれば場所や時間に過度にこだわる必要はない。瞑想は短時間でも強い効果を得ることができる。私の場合は数分程度でも数十分以上はその効果が持続する。


だが私は以上の瞑想を絶対に行わなくてはならないものであるとはみなしていない。なぜならば瞑想はそれを行った人の創造性を低下させる可能性があるからである。私は思考法の章で拡散思考が大切だと説明したが、言葉の発生を押さえることでその能力が低下することを危惧している。実際に世の中には瞑想により発想力が低下した人もいるらしい。また、情念の想起を抑える瞑想についても同様に想像力の低下の懸念があるのではないかと考えている。私は何らかの作品を作る場合は怒り猛り、そして嘆き悲しみながら作りたいのだが、第二の瞑想を行えば自身の感情を高ぶらせる能力が低下する恐れがある。私はこのようにデメリットが生じる可能性があるので必ずしも瞑想をすることを推奨するわけではないのである。しかし一方で瞑想が必ず自身の能力を低下させるのかと言われたらそういうわけでもない。やはり余計な思考や情念が生じるのを防ぐことは集中力の向上の効果をもたらすのである。そして集中力が上がれば当然特定の作業を終わらせる速度は上がることになる。従って瞑想についてはそれを全面的に良いものあるいは悪いものであると捉えるのではなく、必要に応じて瞑想を使い分けることが大切だろう。集中力が欲しい場合は瞑想をすればいいし、発想力や感受性を重視したい場合は瞑想を停止すればいい。

 

ちなみに、瞑想をしてしまったらもう戻らなくなるのではないかと考える人もいるかもしれないが、少なくとも私はその恐れはないと認識している。私の経験では一度瞑想をしても、瞑想をやめればしばらくしてその効果は消失する。私は長時間の瞑想を継続的に行ったことはないのでそれをした場合にどうなるかは分からないが、多分その場合においてもしばらく瞑想を停止すれば瞑想の効果は消えていくことになるだろう。

 

 

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